チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光海堂尊(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、医療、医療過誤、第4回このミス大賞


本読み人仲間聖月さん絶賛の作品。ブログによくお邪魔しているほか多くの本読み人の方も絶賛されている。しかし・・。
またもや辛口レビューか?そんなつもりはないのだが・・。
期待しすぎたのだろうか、どうにも絶賛までの魅力をぼくは感じなかった。「このミス大賞」らしいと言うのも変だが、ある程度安定したそこそこの作品という印象。「このミス大賞」は割りと追いかけている賞であるが、残念ながら個人的には今だこれだという作品には出会えていない。この作品も新人としては巧いし、登場人物も立っている、終わり方もいい、しかし、あともう少し欲しいという感じ。あともう少し事件が欲しく、あともう少し中盤を纏めて欲しい。中盤、インタビューで進む形式はちょと冗長だった感は否めない。そこが惜しい。


東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一を臓器制御外科医助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、心臓移植の代替手術であるバチスタ手術の専門の、通称”チーム・バチスタ”として、成功率100%を誇り、その有名を轟かせている。ところが3例立て続けに術中死が発生。原因不明の術中死と、メディアの注目を集める手術が重なる事態に危機感を抱いた病院長・高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者・田口公平に内部調査を依頼しようと動いていた。
崩壊寸前の大学病院の現状。医療現場の危機的状況。そしてチーム・バチスタの相克と因縁。医療過誤か、殺人か。遺体は何を語るのか・・・・
栄光のチーム・バチスタの裏側に隠されたもう一つの顔とは。(カバー裏あらすじより)
今回のあらすじはちょっと手抜き。引用の通りで充分。強いて言えば、作品のトリックスターである白鳥に触れて欲しいというところか。あるいは内部調査は、チーム・バチスタのリーダーである桐生の発案であるとかが不足している程度。


この作品の弱点は、事件が起きないという点か。確かに事件は起きているのだが、その謎解きに至るまでの経緯に対して、謎解き含め事件や真相が実にあっさりしている。幾つかの要因が重なるなかで本当の犯人が浮かび上がるのだが、え、ここまで読ませておいて、それだけで真相と犯人が判明しちゃうの?と、ちょっとがっかり。動機も、ここまで読ませてきて、それかとちょっと納得しかねる。なぜ大人ばかりだったのかは、論理的なんだけどね。
個人的に、論理を捏ね繰り回すばかりの本格推理があまり好みでないからかもしれないが、田口が、白鳥がと、関係者に話を聞きまくり、思わせぶりな推論を立てる部分が続くことに冗長さを感じないでにはおれなかった。結局、真相も聞き取りだけでは判らないわけだし・・。もっとも、この部分でそれぞれのキャラクターがたちまくるわけだから、痛し痒し。
作品的には事件の犯人と真相が判明したあとの病院の対応がよかった。この第三部があればこそ、この作品は活きてくる。そしてこの作品は、事件の真相、謎解きではなくキャラクターを楽しむ小説なのかもしれない。
本読み人の誰もが絶賛する厚生労働省大臣官房秘書課付技官 白鳥圭輔のキャラクターの立ち方はともかく秀逸。ある意味ステレオタイプともいえるキャラクター、ぶっとんだ秀才。しかし皆が口にするように、ぜひこのキャラクターで続篇を読みたいと思わせる。次作を、皆にそう思わせるキャラクターを創りあげただけである意味合格なのかも。奥田英朗の伊良部をイメージされる方も多かったが、個人的には「破裂」(久坂部羊)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/5217833.html ]の厚生労働省の官僚、PPPキャンペーンを推進する官僚佐久間和尚を思い起こした。官僚って頭が切れすぎると怖い。もっとも、こちらの作品の白鳥のほうは天真爛漫、天衣無縫タイプ(?)読んでいて安心して楽しめるタイプだが。
白鳥(コードネーム「火喰い鳥」)とペアを組まされているという、本作品では登場しない、白鳥に言わせるとまだまだ、しかし主席の成績で入省した姫宮(あだ名「氷姫」)という女性もぜひ次作には登場して活躍してほしいもの。舞台が変われば難しいかもしれないが、本作で主人公語り手を勤めた田口、そして密かに厚生労働省にも顔が利く狸オヤジ高階病院長にもぜひ活躍して欲しい。そう思わせるキャラクターたちを創りあげた点で評価を高くせざるをえない。登場する脇役のひとりひとりまでにもきちんと味のあるキャラクターと人間関係を、この新人作家は創りあげている。もっともこの作家自らが医療現場に従事している点を考えれば、あらゆる部分にモデルはいた、あったのかもしれないが・・。


個人的には、ある文学賞の大賞作品という点を考慮すると決して両手放しでオススメの作品とは言えないが、このキャラクターたちを読む、あるいは知るだけのために読む価値はある。必ず、次がある。ならばブレイク前(でも、もうブレイクしてる?)にぜひ読んでおきたい。損はない。
☆はおまけして4つ。


蛇足:この作品のなかで白鳥が語る「根幹より枝葉やディティールのほうが断然リアルで魅力的」という言葉がこの作品の本質かも。この作品は確かにキャラクター含めディティールに成功していた作品。しかしこの言葉は、個人的にあまり評価できなかった「一週間のしごと」(永嶋恵美)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/26853902.html ]を代表とし、昨今の小説の風潮に通じるものがあるように思えた。でも、やはり根幹は必要。
蛇足2:久坂部羊が新刊を出したらしい「無痛」。