おまかせハウスの人々

おまかせハウスの人々

おまかせハウスの人々

「おまかせハウスの人々」管浩江(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、近未来、SF、短編、孤独な人々


※おぼえがきとして詳細なあらすじ(ネタバレ)あり。未読者は注意願います。


年末から年始にかけて、この作品の表紙を幾人かの本読み人仲間のブログで見かけた。なんとなく食指が動かされなかったのだが、たまたま図書館で書架に並んでいたので借りてみた。巧い。短編6編からなる一冊。近未来、少し孤独な人々を、近未来に現れるだろうギミックをモチーフとして書かれている作品たち。それぞれの作品が、その題材選びから、オチまで、とにかく巧い。この作家は初めてだが手馴れたという印象を受けた。
だが、その割に評価を高くしていないのは、やはり短編はが苦手ということとと、うまくまとめすぎているという点か。短編が故の小品、あるいは余韻を楽しむ作品としては収められたすべての作品は成功作、及第作。どれをとってもハズレはない。ただ、ぼく個人にとっての読後感はそこまで。淋しい人が、それぞれに小さい希望を持って生きてゆく物語なのだが、やはり小さい希望、小さい幸せ。そういう作品を否定はしないと何度も言ってきているが、それが深く心に届く作品になるかどうかは別。毎度のことながら曖昧な表現である、もう少し何かが欲しい。それと、すみません、短編集はやっぱり疲れてしまう。これはぼくという読み手の資質の問題。
決してぼくはオススメしないが、間違いのない一冊。
孤独とペーソス、そして短編作品の余韻を楽しむにはよい本だと思う。


※あらすじ(ネタバレあり!、未読者は注意願います)
「純也の事例」
夕方の公園でいつものように純也を遊ばせながら、純也の公園友達である敦史の母親ナミに、純也の教育について悩みを打ち明ける夕香。純也は幼児教室でいつも満点に近い成績をとってくるものの、人間として本当にこれでいいのだろうか。
35歳を目前にし夫の浮気が原因で離婚、もう子どもが持てないのではという心許なさと、好奇心、そして実入りのよい仕事先を見つけられないという金銭的理由によりAI研究者による普遍化(ユニバーサル)分科会が行っているAI(人工知能)研究を目的とした里親制度に応募した夕香。やってきた純也は、人間の顔色を見る能力を獲得するのが目的とするため、にロボットの稚拙な表情創出によるちぐはぐさに対する、人間の感情による表情が出されないようにするため、あえて無表情に設定されたロボットだった。
幼児教室のなかでもズバ抜けた成績を持つ純也に愛情を抱く夕香。優秀な成績から当初の約束の一年の期間を待たずに、早期返還許可通知が来た。早期に返還しても報酬は変わらない。残り4ケ月何もしないでも暮らせる、しかし。
そして、純也を返還する日がやってきた。

「麦笛西行
土橋嘉継。人情の機微が全く読めない男。そのための失敗も多い。そんな彼が2ケ月ほど前から使っているのが「ダミーフェイス」。相手の表情や声音から、相手の本心を予測する装置。もともとは、愛犬の気持ちを汲み取るオモチャから始まったもの。携帯端末用のソフトウェアとし、音声のみでなく動画の表情を読み取る機能がつき、若者たちの気の利いたおもちゃとして流行した。しかし機械に頼らないで場の雰囲気を読むことが大事だと説いてたはずの、こうした遊びの気分を理解できない頭の固い年配の者は、これを革新的なコミュニケーション・ツールと捉え、ある企業はブローチやネクタイピンにマイクとカメラを内臓、その結果を腕時計型のモニターに表示する商品を商品化してしまった。しかし結果としてこの企業は、年配層を中心にプライバシーの侵害を利用に訴えられることになった。いわく隠し撮りを用い、言外の意図を勝手に推し量る。
土橋の利用している装置は、怪しいベンチャー企業の改良した、相手の気持ちをカード型の可変インターフェイスで相手に気取られずに伝えるものだった。この装置を利用するように、人並みに人とのコミュニケーションがとれるようになったと密かに喜ぶ土橋であった。
土橋の妻は、大学のときたまたま西行法師のゼミで一緒になったことがきっかけで知り合った女性。彼女は土橋のことを、彼が卒論で論じた西行のように世俗を超越した存在として、浮世離れしているが将来を期待する相手として見ていたのであった。しかし・・。

ナノマシン・ソリチュード」
また、つまらない残業を仰せつかってしまった。したたかな上司、課長はデリバリーの夕食を口実に、一人暮らしの地味な風体の部下を狙い打ち撃ちに、残業を求めた。たまには賑やかな夕飯もいいだろう。そう言う課長は家に帰りたくないのかな。一人暮らしイコール孤独、というありふれたレッテルで部下を見ようとする家庭持ちの課長こそ、実は自分たちより孤独なんだろう、と感じとってしまう小夜子。課長のことは決して好きではない小夜子だが、自分は孤独だと自覚する、世界が暗黒に飲まれるかのごとき一瞬は味わって欲しくなかった。
家に戻り気のおけない仲間とのチャットを楽しむ小夜子。いつしか話題はダイエットの話からナノマシンに。ナノは、十億分の一メートル。マシンといっても金属ではない分子マシン。小夜子は入社したころ持病が悪化し、ナノマシンを利用したナノテク治療を受けていた。しかし当時は見えないものが体内で殖えていくイメージは、治療というよりウィルスや細菌に冒されるかのように受け取られ、表立った差別はないものの、微妙に職場のみなから距離を置かれた。
小夜子のナノマシンの動作を確認するモニターは素っ気無く数字しか表示しないタイプ。だからこそ、逆に小夜子はその存在を常に気にかけていられる。サビシクナイ、サビシクナイ。私のために一生懸命働いてくれる目に見えない小さなものたち。そして小夜子は自分の身体を抱きしめながら眠りに就く。

「フード病」
スーパーの食品売り場で必死にIDチップの情報を調べ、安全性を確認する主婦、浜尾聡子。義母が新フード病でなくなったのがきっかけ。介護の必要な義母の面倒をどほとんどみることのなかった義姉、芙詩子は葬儀に際し「お母さんは聡子さんの料理を食べていたわけだから」とあてこするように言った。
フード病、それはBSEに始まる病気。BSEを引き起こすプリオンは、牛以外の安全だと言われていた鶏、豚、魚にも感染することが分かったのだ。もはや、何を食べれば安全なのか誰も宣言することができなくなった。
義母の遺産を手に入れてから、芙詩子は高価なナチュラリスと向けの食材を買い、夫や娘を家に呼びご馳走している。聡子の心に突き刺さる芙詩子が葬儀の際に放った言葉。疑心暗鬼になる聡子。
娘の愛理が聡子に言う。お母さんも、伯母さんも足掻いているだけ。病気になったらなったでいいじゃない。家族みんなで病気に罹ろうよ。一蓮托生って言うんでしょ。愛理の言葉で目が覚める聡子。そしてそんな聡子に重要な情報が・・。

「鮮やかなあの色を」
箕浦佑加子、OL、会社の空疎な人間関係に気を遣うことに疲れてきた。夜の仕事に本腰を入れた友人の絢に相談すると、鬱じゃないかと言われた。客商売に就き、快活と思っていた友人が鬱で医者にかかっていた。周りの色が薄くなり、自分の周りに膜が張っているような感じ、医者は離人感なんて言っていた。クリスマスの華やかな季節になる前に早く病院に行った方がいいよ、人の幸福感に対して、自分は、そう思う前に。佑加子に助言する絢。
たしかにクリスマスの赤い装飾が確かにくすんでみえる、それはくすんだ心のせいだったのね佑加子は答えた。しかし、絢は今度はそれは違うかもしれないと答えた。視覚はひとぞれぞれで、繊細だから。そう言って、絢は自分がもらった、視覚の彩度をあげる薬を佑加子に渡した。
絢にもらった薬を服んだ佑加子は、視覚の彩度が上がり、鮮烈な世界を取り戻した。そしてそれに伴い気分も明るく、積極的になれた。しかし・・・。
心持ちさえ快活にしていれば、自分自身がもっと鮮やかに見える。新たな自分を得た佑加子。

「おまかせハウスの人々」
佐伯博也の仕事は、自社が作ったコンセプト住宅で暮らす人々から意見を聴取すること。モニタリング係りといえば聞こえはいいが、ユーザーサポートとアフタサービスの両方を行わなければならない。顧客は、会社が望む住宅そのものに対する苦情や改良提言だけでなく、日常の愚痴までぶつけてくる。自分の幸せな家族のために、うだつのあがらないアルバイトを転々とした四十男が正業に就いた結果が、よそ様の家庭の愚痴を聞かせされる役割だなんて。
<おまかせハウス>は博也の勤める「おまかせハウス産業が」最先端技術で建設した未来志向の住宅。掃除も洗濯も買い物も不要のコンセプト住宅三棟が試作され、モニター募集に選ばれた三組の家族が入居している。モニターとして色々なタイプの家族に体験してもらおうと選ばれた結果が、独身者の太田垣、共稼ぎの八辻夫妻、二世代五人で暮らす金井氏の三家族。入居当初、細かい注文をつけてきた八辻夫妻、<おまかせハウス>のおかげでやることがなくなってしまった金井家の姑寿々子は、しかし博也の言葉で家族というものあり方を今一度見直してみる。そして、最大の問題児太田垣。
今日も博也は心の支えとなる優しい家族のために、嫌いな仕事に精を出す。

追記:この作品は巧いのだが、結局予測する着地点にそのまま着地し、あっという驚きが少ないということに気づいた。こじんまりまとまっている。それが故の余韻ではあるのだが。そこが少し物足りない。
蛇足:毎度のことだが、我ながら数時間もかけてあらすじをまとめるのはいかがなものかと思わざるをえない。ときに、あらすじをまとめることで、作品の本質に改めて触れられたと思うこともあるのだが・・。
ただ、ここでぼくがまとめたあらすじだけでは作品の本質、魅力はわからない。あえてその大事な部分を省いている。だから、ぜひ興味を覚えたらこのあらすじだけで満足しないで、作品を読んで欲しい。まさに蛇足。