愛の保存法

愛の保存法

愛の保存法

「愛の保存法」平安寿子(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、短編、恋愛、ユーモア


図書館の書架で何気なく手に取ったのが運命の出会い(大げさ)平成の奇書と勝手に呼んで愛して止まない「グッドラックららばい」の作家、平安寿子。どうも彼女の他の作品にあまり食指が動かされない。どうしてのだろうと思ったら、やっとわかった。たぶんこの作家はユーモアとペーソスを交えた男女のちょっと変わった関係を描く短編が得意な作家。短編、恋愛小説、このキーワードがぼくを尻込みさせる。そういえば「グッドラックららばい」を読んだ後、この作家の短編集「もっと、わたしを」を読んだんだっけ。作品が悪いというわけではない。しかし、ぼくは長編の物語が好きなのであり、さらに恋愛小説はどうもなぁなのだ。「もっと、わたしを」も評すれば文句ないのない作品なのだが・・。
最近読んだ彼女の長編「くうねるところすむところ」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/21026391.html ]は、勿論彼女の得意な男女のちょっと微笑ましい関係を軸に描かれた作品なのだが、長編としてもうひとつの軸としてとある工務店のドタバタが描かれており、とても微笑ましく、また単純に楽しい作品。ここのところ連続して作品を上梓している平安寿子だが、個人的には是非長編を出してほしい、短編集ばかりなんだよね。


で、本作品「愛の保存法」。オビにある「食い違って、間違って、うまくいかない男と女 切なさをユーモアで包む、著者の真骨頂」いや、いい編集者だよなぁ。まったくもって作品をうまく言い表している。ちょっとしたすれ違いや、食い違いが生む悲喜劇。売らんかなぁで作品の中身を大げさに書く書籍が多い中で、シンプルにうまく表している。つまり、そういう短編たち。小説、物語というより、ある男女の姿を切り取った作品。あらすじも、あるようなないような。
悪い作品ではない。ぼくにはあまり響かなかったが、ある意味万人にオススメな作品。ふつうなら後味の悪くなるような男女の物語が、この作家のユーモアに満ちた乾いた筆が、そして優しい眼差しが、作品を気持ちよく読み終らせる。うふふ、くすっと笑いながら読み、読了後、ちょっと考えちゃう、そんな作品。男性にとって、ちょっと痛い作品。


「愛の保存法」「パパのベイビーボーイ」「きみ去りしのち」「寂しがりやの素粒子」「彼女はホームシック」「デキスギた男」の六編からなる。


「愛の保存法」
久井光郎と高坂まゆみが四度目の結婚をする。この二人は同じ相手と結婚と離婚を繰り返し、またもや結婚するという。友人たちは驚くやら、あきれるやら。しかし、この離婚・再婚劇の真相は意外なところにあった。
※永遠の愛を誓うのが結婚だと信じていたらやられます。でも、ちょっと納得できるところも・・。


「パパのベイビーボーイ」
婚約者の琴絵が、婚約を白紙に戻したいと言い出した。原因は親父だ。
丈彦は自分の親父が大嫌いだった。ハンサムで優しくて女性にもてる反面、女にだらしなく、生活力がない。子どものまま大人になったよう。丈彦を連れて遊びに行くときも、自分が一番楽しんでいる。一家の生活は母が生命保険の仕事で成り立った。たまにバイトやら何やらで親父が稼いでくるのは母へのプレゼントや一夜限りの豪華なディナーに消えてしまった。そんな親父を丈彦は母の死をきっかけに家から追い出した。
琴絵が結婚前にどうしても親父に挨拶したいというのを聞き入れたのが間違いだった。なんと琴絵は親父とキスをしてしまったという。親父が好きになったので、丈彦と結婚できないと言い出したのだ。よりによって自分の息子の婚約者にまで手を出しやがって。
そんな丈彦に親父である行彦は謝りながらも、丈彦の誤りを指摘する。「女の人には、意見なんかしちゃいけない。女の人には男の意見なんか必要ないんだ。何か相談されたり愚痴られたりしたら、優しく抱き寄せて、よしよし、きみのしたいようにしたらいいよと、こう言ってやらなくちゃ。それが男のたしなみだよ」
※ええと、痛いほど分る心にぐさっとくるお話し。それ、頭では分るんだけど、つい正論で指摘しちゃんだよね。それが「正しいこと」のように思えて。あのとき、うんうんってだまって頷いていてあげれば、そして最後に君の言うとおりだよって優しく言ってあげれば、ぼくの人生ももっと彩りのある人生だったに違いない。


「きみ去りしのち」
恋人の有子の母親が亡くなった。葬儀の期間、迷惑にならないように節度をもって接していた剛だったが・・・。
※これはたぶんあるんだよね。こういうこと。剛の行動は間違いではないはず。でも、一番そばにいて欲しいときにそばにいてくれただけで、嬉しい。有子の気持ちもよくわかる。気持ちのベクトルって頭で考えた正しい方に向くわけでないんだよね。でも、剛が可哀相。


「寂しがりやの素粒子
鉄太郎の家に転がり込んできたのは、息子の鉄平の高校時代の恩師、宅田。リストラされ、離婚され、行くところがなくなったので知り合いを頼り転々とし、そしてついには教え子まで頼るようになった。宅田は、鉄平が高校を中退しそうになったとき、唯一止めてくれた当時講師だった男。その後会社勤めしたが、本業より好きな素粒子物理学の研究にばかり熱中した結果、リストラされた。職を失った今も、研究室にやぁやぁと関係者のような顔で潜り込み研究に没頭しているらしい。優秀な旋盤工で、一時は自分の工場を開いていた鉄太郎にとって何もしないで我が物顔で家に居る宅田は、鉄平の中退騒ぎの借りはあれど、なんともうっとおしい存在。そんなある日、家を出たはずの娘晴香が戻ってきた。そして・・。
※なんだか、調子のよい話。旋盤工の跡継ぎができるかもしれないという鉄太郎の気持ちも分らなくないのだが、そんな1+1=2みたいな計算づくのような家族ででいいの?


「彼女はホームシック」
引越しマニアで不動産マニアの都季子との出会いは17年前。小さい文具店を営む私の元に彼女が現われたのは、中堅どころの家電販売会社に大学出たてでの初々しいOLだったころ。筆ペン、慶弔袋などをよく買いに来た彼女と、近所の居酒屋でよく顔を合わせるようになり、そしていつしか男女の仲になった。そんな関係も彼女の突然の引越しで終わった。
しかしある日彼女から、引越しの荷造りを手伝って欲しいと連絡がきた。以前手伝った際、とても手際がよかったから。
男女の仲は終わり、友人関係となり、それが故に妻の聡美にも逐一報告していたのだが、妻は疑っていたらしい。都季子のところにずっと行きっぱなしなら待っていられらたのだが、用があるときだけ呼び出され、嬉しそうに出て行きいいように使われる姿を見ていると自分まで惨めになる。そう言って離婚を求められた。そして離婚し、気軽なシングルおやじとなった。そして今では、都季子の従兄の娘のクルミが私の店でバイトをしている。
そんな都季子が結婚すると言い出した。相手はニュージーランドの在留邦人。結婚したらニュージーランドに行き、彼の家の不動産業を手伝うという。
遠い異国の地での結婚生活が近づき、不安になる都季子。「止めるなら今のうちだよ」その言葉に対して私は・・。
※自分の手の中におさまるだけの平穏しか守れない男。都季子の望む答えを嘘でも言えないそんな男。客観的には、ふがいない弱虫な小さい男なんだけど、これもよぉくわかる。いつか戻ってきても、何事もなかったように迎えてあげる。君のいつでも帰ることのできる、そんな場所になりたい。


「デキスギた男」
娘の瑠璃が今年二十歳になる。その祝いの席であのことを告白しようと思うが、どうだろう。
元夫の信光に相談され、ミチルは「いいじゃない」と軽く答えた。あのこととは、瑠璃や弟の貴光には異母兄弟がいること。元夫の信光とは、信光の不倫が原因で離婚した。下半身にしまりがないと言うか信光は、三度の結婚と一人の認知で46歳にして五人の子を作った。600万とうい平均的な年収で、離婚した子どもには一人当たり5万円の養育費を毎月送っており、子どもの行事には偏りなくきちんと顔を出すのだから、それはそれで偉いと言えるのかもしれない。そんな信光の夢は、自分の子どもがみんな仲良く連絡を取り合うような関係になり、一同に会うことだと言う・・・。
※こういう男を自分勝手な男というべきか、はたまた憎めない奴というべきか悩むところ。語り手の最初の妻ミチルがさばさばした性格だからよしだけど、一歩間違えばドロドロ。やはり浮気をするならきちんと避妊をだね。あ、勿論、浮気はしないほうがよし、なんだけど(苦笑)。


こうして並べてみると、実はダメ男をテーマにした短編集だったんだ。「愛の保存法」も、一見ダメ女の話しのように見えて、実はスタイリッシュなダメ男だもんな。この男たちのようになりたくないし、認めたくないのだけれど、実は個人的には近いものを感じた。一歩間違えばぼくもダメ男。いや、もう充分ダメ男かな(苦笑)。


蛇足:実はこの作品の前に「クローズド・ノート」(雫井脩介)を読了しており、そこで”さだまさし”が話題になるのだが、ぼくが好きだった当時のさだまさしをつきつめると、実はこの愛すべきダメ男たちに繋がっていくと勝手に思っている。