宇宙で一番優しい惑星

宇宙で一番優しい惑星

宇宙で一番優しい惑星

「宇宙で一番優しい惑星」戸梶圭太(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、SF、寓話、風刺


また読んじゃったよ、戸梶圭太。おそらくぼくのレビューを多く読んできた人には、なぜぼくが戸梶を愛するのか理解できないだろう。ブログを書着続けることで自覚できた、自分の作品への切り口という観点からすると、客観的に見ても、戸梶って絶対合わないハズなのだが、主観が勝る。決して高く評価できない作品ばかりなのだが、なんだか読んじゃう。今までの読書経歴のなかで、幾人かの作家との別れを経験したことを考えると、どうしてこう戸梶に惹かれるのか自分でも分からない。でも、好きなんだよね。勢いがあり、リズムが合うのだろうか。ま、こういう主観って奴は冷静で理知的でないところがいいんだと思う。ほら、理想の女性像とまったく違う人が恋人になったりね。人間らしいな、俺(と急に人称が俺になったりする)。
で、もちろんトカジであるからには、万人にはオススメではない。今回の作品も、前半のハチャメチャさに比べて、後半のありがちな風刺劇には、ちょっとがっかり。これをしてトカジの反戦小説として評価する人がいるのも頭では理解できるのだが、ちょっと分かりやすい図式に嵌りすぎていておもしろくない。もっと、こうハチャメチャで終わらせてくれてもよかったのではないか。トカジなんだから(しつこい)。


銀河系に地球が誕生し、地球人が殺し合いを始めるよりはるか昔の物語
惑星オルヘゴ。その一日は二十四時間でうち十時間が夜になる。惑星の表面の七割は生物の棲めない泥の海。夜の間、海底から凍り付く。その惑星ににあるダスーン、ボボリ、クイーグという三つの国の物語。


前半はダスーン、ボボリ、クイーグの三国それぞれでの物語。この三国の関係が前半はなかなか把握できなかった。それぞれの国が殺戮や残虐の歴史を持ちつつ、現在もハチャメチャな暴力と殺戮を繰り返している。それぞれの国はそれぞれに性格づけがされており、一番乱暴なのがダスーン。この国ではアテ族とホコ族が殺し合いを続けており、現在はアテ族が優勢。そんな環境だから、人命に対する意識はかなり低く、収容所の囚人もあっという間に殺されてしまう。ボボリは事なかれ主義の国、過去の歴史においてはダスーンへの侵攻等もあったようだが、現在は人道主義、人件主義を標榜し、ダスーンからのねつ造された過去の歴史への賠償請求についても、嘘と知りつつ断ることもできず、何となくずるずると賠償金を支払ってしまう、優柔不断国家。それをいいことに、ダスーンから何度も賠償請求され、まるで不良にたかられる優等生みたい。クイーグは、ダスーンと関係を結ぶことが無益と判断し、ダスーンとの国交を絶っている。三国のなかでは、一番高い文化を持っているが、人間がその裏側に残虐で、低俗な部分を持つこともきちんと意識した国。そういうものを発散する風俗街も持っている。そこでは国交のないダスーンから、密かに奴隷を買い漁り、働かせ、役立たずになったらポイッ。まったくもって自分勝手な国。こうしたそれぞれの性格を持つ国で起こる、どうしようもない事件の描写で前半は成り立つ。
相変わらずのバイオレンスとグロの世界。でも、内蔵が飛び散り、血が飛び散り、思わず嘔吐が・・・なんて描写が続くわりにポップでライトでカジュアルなのがトカジ。緻密なホラーやミステリーにありがちな、スプラッターで生理的な嫌悪感を呼び起こさせる光景を想像させる描写ではなく、ギャグマンガやポップなイラストに見られる骨太の枠線と原色のみを使ったような乾いたビジュアルが想像させられる。カラリと乾いたイメージというべきか。「下劣」というより「お下品」。もっとも「お下品」を生理的に受け付けない人もいるだろうが。
後半はなんだか安っぽい風刺劇。ダスーンによるねつ造された戦時賠償を珍しく一蹴したボボリに対し、報復措置で、ダスーンまでロリコン・ツアーにやってきたボボリのツアー客を捕縛するダスーン。人質を取ったのだ。その対応に苦慮するボボリ政府。「ロリコン・ツアー」を隠し、人質の対応を図ろうとするのだが、基本的に事なかれ主義のエセ人道主義の国家、会議は空転、人質の家族は身勝手、そのなかで唯一自分の夫の行動を恥じる妻アミエ。TVの会見を見、アミエに一目惚れするダスーンのボガ大統領。どうでもよい恋のエピソード。
そうしたなかでもダスーンは、ボボリに対し自爆テロを実施、罪のないボボリの人々を襲う地獄絵。なんだけど、決してボボリの民衆に同情できない。国家としてぬるま湯に浸り、自分のことしか考えていない人々。この辺りで作品に書かれる三国に象徴されるものが透けて見えてくる。そして、その図式が見えたその途端、この作品はつまらなくなってしまう。世界の巨悪ダスーンを征伐するために、強権でボボリに対し無理難題を押しつけるクイーグがアメリカ。人件主義、人道主義を標榜する、事なかれ国家が日本。暴力的で人の命の重さをまったく考えない独裁国家はイランか北朝鮮か、という現代世界の図式に当てはまる、ありがちな物語になってしまうのだ。


物語の終わりは、トカジらしくハチャメチャで、少しペーソスを残す。
今回はアミエの最後の台詞「こんな国、ちょろいわよ。さっさと潰してガキ大将の国と戦争しましょ」で、まぁうまくまとめられたか。でも正直、やっぱりなんかもう少し欲しいなぁ。


蛇足:夜の間、海底から凍り付く泥の海の設定が作品にまったく活かされていない。ちょっとSFを期待しただけに、そこは大きく不満。