極点飛行

極点飛行

極点飛行

「極点飛行」笹本稜平(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、冒険小説、ハードボイルド、飛行機、南極、ナチ、金塊、南米


「極点飛行」というタイトルを聞いて何を思い浮かべるだろう。実は「砂漠」(伊坂幸太郎)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/27640730.html ]を読んでいるときに図書館のリストでこのタイトルを見つけ、すごく間抜けな勘違いをした。「砂漠」で扱われたサン・テグジュペリの言葉が頭に残り、サン・テグジュペリのもう一つの名作「夜間飛行」の題名が思い出された。「夜間飛行」の中身はとんと忘れていて、なんとなく飛行機をモチーフにした静謐でおだやかな心象的な物語を勝手に期待した。蓋を開けたら、というか借りてみたら、バリバリの冒険小説。男臭さぷんぷん。そういう点では、ある意味サン・テグジュペリの「夜間飛行」のノリなのかもしれない(苦笑)。


日本の航空会社に副操縦士として勤めていた主人公桐村彬は、とある天候による事故のスケープゴートに選ばれ、地上職への配転を強いられた。そしてその不満をアルコールに求め、溺れクビになった。友人のツテを辿り、ハワイに、そして南極に流れ、現在はWAAという民間人を顧客にした、南極での輸送を手がける航空会社でツインオッターのパイロットとして活躍していた。そんなある日南極に実質、私有の基地コンセプシオンIを持つチリの富豪アイスマンの依頼により、コンセプシオンIで起こった事故のために負傷した患者を運ぶことになった。その飛行の途中、遭遇する不審な飛行機。彬の物語はここから始まった。南極大陸に眠るナチの謎の金塊を求める者たち。旧ナチの亡霊でもあるネオナチ、あるいはCIA。巨額の富を狙い、錯綜する謎の組織。アイスマンの思惑は、そして隠された真実は。ブリザードに閉ざされた氷点下の南極で繰り広げられる冒険の物語。


正統派の冒険小説。武器、飛行機の描写、南米世界を舞台にした旧ナチの陰謀、緻密な設定、そして仄かな恋愛、まさしく骨太な男の物語。500ページ弱の物語は、事物の描写と、事実の説明を中心に進む。昨今の会話中心のぬるい小説とひと味もふた味も違った大人の男の小説。こういう小説は久しぶりだった。真面目に書かれた冒険小説は好ましい。
しかし、残念なことに個人的な評価はあまり高くない。真面目にきちんと描かれた作品であり、後半には確か盛り上がりを見せるのだが、どうもノリきれなかった。
その要因の幾つかをあげてみる。まず、型に嵌った男女の関係がよくない。決して、ベタベタの肉欲的な書かれ方ではなく、礼儀正しい、遠慮がちな不器用な恋愛。そこはまぁ好感を持てるのだが、この作品に男女の関係が本当に必要だったかは甚だ疑問。主人公桐村彬が想いを寄せる、雇い主のアイスマンの姪であるナオミ。日本の旧帝大で医学を学び、わがままな叔父であるアイスマンの面倒を見るために、アイスマンとともにある決意を胸にアイスマン私有の南極基地で過ごす女性。その設定だけ見ると無理がないようにも思えるのだが、他にただ一人の女性もいない南極という地で、たった一人美貌の女性が居るということの違和感はどうしても拭えない。基地にほかの女性がいればまだ納得がいくし、あるいは人間ドラマも生まれたかと思う。いやここはお約束ごとなのだから仕方ないと言えばそれまでなのかもしれない。お約束ごととして受け入れられないなら読むべきではないのかもしれない。ただ、個人的にもう少し納得のいく説明が欲しかったというところ。そしてそれは結局大団円のラスト・シーンにも続く。まさしくお約束どおりのラスト。
あるいは主人公桐村彬の人間像も薄い。もう少し掘り下げて欲しいところ。日本の航空会社からドロップ・アウトし、以前はアルコール中毒寸前までいったという過去。しかし、その過去はこの作品では深く語られることはない。言うなればただの操縦のうまい飛行士に過ぎない主人公。喧嘩も強いタフマンという荒唐無稽な設定にならなかったところが、唯一評価できるところか。主人公の心の傷にもう少し触れてくれれば、作品に深みを増したのではないかと惜しまれる。要するに簡単に切ってしまうと、お約束通りに、薄っぺらな主人公がヒロインと恋に落ちただけ。しかも、彼がこの冒険に参加した理由はヒロインとは関係ない。あるいはヒロインのほうも結婚を約束していた婚約者を亡くしたばかりなのだが、あまり葛藤を感じられない。どうもこの男女関係は作品に不必要もしくは邪魔に感じられてならない。
また「極点飛行」というタイトルの割に、飛行機のドラマでなかったのも減点の対象。やはりタイトルどおり最終的には極点飛行を巡るドラマが欲しいところ。どちらかというと、飛行機の物語といようり、冒険を盛り上げるための設定である隠されたナチの金塊を巡る攻防に主眼が置かれすぎた感が強い。タイトルの内容を期待するなら、氷に閉ざされた南極の地を舞台にした飛行機の物語であり、ナナチの金塊は、その冒険にリアリティを与える豪華な演出だけだと思うのだが、どうも主客が転倒している気がする。いや、確かにこのナチの金塊の物語はよく書けた虚構であるとは思うのだが。
冒頭に書いた当初の思い違い(苦笑)から立ち直り、この作品を読み始めたときに最も期待したものは、やはり「冒険」。物語で描かれる冒険にリアリティーを与えるための、巨悪や陰謀なども、勿論緻密でリアリティーある描写は必要なのだが、最後は主人公が行う、まさしく「冒険」がどれだけ描けるかが「冒険小説」の醍醐味。絶体絶命のシチュエーションのなかで主人公がどのように難局を乗り切るか、ここがポイント。この作品の場合、どうも肝心要のそこが弱く、切迫感や緊迫感に欠けた。氷に閉ざされた南極の冬のはずなのに、存外簡単に敵味方入り乱れ、出入りしているところがちょっと興ざめ。決して荒唐無稽に描いているのでなく、しっかりとリアリーティーある描写で、あり得ることとして描かれているのだが、ちょっと狙った設定からぶれているような気がした。
と酷評しているようだが、決して悪い作品というわけではない。とくに南米における旧ナチの暗躍の設定は、よくもここまで書き込めたと感心する。尤もそのため主客転倒なんて事態も起こったわけだが。
500ページに不足ない情報。後半を盛り上げるための冗長とも思える前半も、後半の盛り上がりを見れば納得。おもしろいのだが、あと一歩、それが故に敢えて弱点と思えた部分をあげてみた。万人にオススメではないが、骨太の冒険小説を読みたい方にはオススメか。なお純粋にエンターテイメント作品なので、読んだ後には決して何も残ることはない。ナチの陰謀も、あくまで”お話し”として読むのが正解。


蛇足:主人公が日本人でなくてもという評をネットで見かけた。至極、同意。とにかく主人公が誰でもよいのがこの作品の大きな弱点。やはり主人公は、必然が必要。本当にあと少しが惜しい作品。