銀河のワールドカップ」

銀河のワールドカップ

銀河のワールドカップ

「銀河のワールドカップ川端裕人(2006)☆☆☆☆☆
※[913]、国内、現代、小説、サッカー、少年少女、フットサル


※ネタバレって難しい・・少しだけネタバレあり、未読者は注意願います。


川端裕人という作家、男の子(大人の男の子含む)の物語を書かせると本当にいい。彼の作品のかなりが「男の子」の物語であるという部分を差し引いても男の子の物語がうまい作家だと思う。(たとえば「ニコチニア」「ふにゅう」は決して男の子の物語ではない。これらの作品も別の観点で評価はする。)本作品の場合、正確には女の子も登場する。しかし、ここに登場する小学校高学年の女の子たちは、女の子以前というべきか、男とか女とかの区別をまだ必要としないサッカーを愛し、楽しむプレイヤーという意味では充分「男の子」たち。こういうなんでも入り乱れて何でもできる年代っていいよね。(でも、やっぱり女の子は女の子なんだけどさ。)そしてまた本作では、このサッカー少年たちのコーチ、大人である花島も男の子、あるいはサッカー少年たちがスペインで出会う有名サッカー選手たちも男の子。つまり川端裕人はまたもや素敵な男の子の物語をぼくらに見せてくれたのだ。ヤラれた!文句なしの☆5つ。何も考えずに読め!読め!読め!すべての人に心からオススメする一冊。


正直サッカーにはうとい。元男の子(今もときどき男の子だが(苦笑))なので、のルールくらいは分かる。しかし基本的に文学青年(嘘)だったのでスポーツにそれほど興味を持っていない。観るより、するほうが楽しいほう。妻、娘もサッカーやスポーツに興味がない。昨今のワールドカップの盛り上がりなど我が家にはまったく関係ない(ある意味、非国民かもしれない)。だから、この作品で語られるサッカー選手の名前(実在の選手をモデルにしたと思われる架空の選手)や、試合についても、ぼくにとっては単なる作品のなかの情報・記号にしか過ぎない。サッカー・ファンが読むとまた別の味わい、感慨があるのだろう。(余談だがぼくの名前は、皮肉なことに某有名サッカーマンガの主人公と同じ。その名前はこの作品のなかのチームのキャプテンにも使われているが、それもまたオマージュなのだろうか?)しかし、そんなこと関係ない。この作品、サッカーを知っていればより楽しいのだろうが、知らなくてもまったく問題はない。それはネットの本読み人仲間、それもサッカーなんて知らないと語る多くの女性の読者が、この作品に対し高い評価を与えていることを見れば自明。だって、本当にわくわくどきどきのおもしろさ。物語を通して、サッカーを知らないぼくでさえ、少年たちとともにゲームを楽しむことができた。


※少しだけネタバレ!!・・未読者はできるだけ読まないように!!
レビューは難しい。ぼくのレビューは基本的に詳細なあらすじを備忘録として残すということをひとつのスタイルとしている。しかし、他の人が本を読むとき、選ぶときの参考にして欲しいという思いもあるので、できるだけネタバレを避ける方向でいる。とはいえ、ネタバレしないと感想を書けないケースは多々ある。ネタバレしても作品の鑑賞に問題がないと思うもの、あるいはこの程度のネタバレは問題ないと判断した場合は、「ネタバレあり」と明記した上で、自分なりに許されると思われる範囲内でネタバレを書いてきた。
今回悩むのは、この作品の一番のおもしろさがはまさに物語を読み進めることだということ。つまり第1部、第2部、第3部、そして終章と続く物語について感想を書こうとすると、どうしても物語の内容に触れざるを得ない。しかし、未読者のことを思うと、できれば内容には触れたくない。
悩んだあげくひとつだけネタバレすることにした。許して欲しい。「少年たちは一度は破れる、しかし舞台を移し大活躍をする。」
この程度のネタバレなら許されるだろうか。とはいえ未読の方にはこの部分さえ、どうなるだろうとわくわくどきどきして読んで欲しいという思いもあるのだ。


元Jリーガーの花島勝。失業して一週間、発泡酒を飲みながら閑をもてあます公園のベンチで、ふと目をひくサッカーをする少年たちの姿をみつけた。型にはめようとする指導法に疑問を持ちコーチにぶつかりチームをやめた三つ子たちのおかげで、いまの6年生のチームは崩壊状態の「桃山プレデター」。花島というコーチを得て復活する。隆也三兄弟、闘志溢れる虎太、攻撃的な能力に秀でる竜持、冷静で器用、守備に徹しチームの舵取りのできる鳳壮の三人は一卵性の三つ子。一見して見分けがつかないが、それぞれに独自のカラーを持つ優秀で個性的なメンバー。少し技術は不足するが、声が大きく、チームを考えるキャプテン太田翼。サッカー好きで、巧いと評判の少女高遠エリカ、親に言われ一時はサッカーをやめていたちょっとぽっちゃりした少女西園寺玲華。昔からのメンバーや5年生も交え、復活した「桃山プレデター」。全日本少年サッカー選手権に出場し、優勝を目指した。
大会で負けた「桃山プレデター」。花島は過去、少年サッカーを指導していたときの事件をきっかけにコーチを解任された。しかし子どもたちは、大人のいうことなんて聞きはしない。花島とともに、全日本少年サッカー選手権の影に隠れて目立たない、新しい8人制の大会「未来カップ」に出場することを決める。選手権敗退後、幾人かのメンバーがチームをやめて不足していた。しかしエリカが、全日本選手権で戦った相手、イラン人の血が半分流れる青砥ゴンザレス琢馬を誘った。淡々とゴールを決める青砥、通称ゴン。「おれ、シュートを決めるだけだから」。そしてまた青砥の友人でGKの杉山多義、通称タギーも加わった。これでメンバーは揃った。「未来カップ」を勝ち進めるメンバーたち。しかし、少年たちの本当の狙いは未来カップでの優勝、それに続く世界大会であるプラネタス杯どころではなかった。彼らが目指すものは・・?


この作品を読んでいて同じサッカーというスポーツ、ゲームをやはり楽しく文章で読ませてくれた今は亡き野沢尚の「龍時」(三つ子のひとりの名前が竜持なのはこれもオマージュか?)、あるいは野球という集団スポーツのなかで孤高を、自分というものを貫き通す主人公、巧を描いたあさのあつこの「バッテリー」が思い出された。主人公の少年がそれぞれ自分が信じる、一番楽しいということをするという点ではこれらの作品と本作は同じなのだが、本作がこの二作と大きく違うのは、本作の少年たちは、同じチームでプレーすることを心から楽しんでいるということだろう。チームワーク第一でもない、個人プレー第一でもない。それぞれが(少しは協力もするが)自分の一番好きなこと、やりたいことをする。その結果がチームを強くし、ゲームに勝つ。型にはめたくない、極力助言を控えるコーチ花島の想いに応えるように、そしてそれは彼らの願い通り、伸び伸びと自由にゲームを楽しむ少年たち。勿論すべてが思い通りではない。しかし彼らは自分たちが思い、考える通りにゲームを進める。川端裕人の筆もうまいのだろう、そうした少年たちのゲームの運びをぼくたちも一緒になって楽しむのだ。
そうした最高の選手の、最高の瞬間(とき)を僕らも共有できる楽しさ。それがこの作品の最大の魅力。しかし、このメンバーでずっとやっていけるわけでないということを彼らは知っている。男も女も関係のなかった小学生という混沌とした最後の時代を過ぎると、少女は女性へと成長する、せざるをえない。それは男の子とは違う身体、そして男の子と同等ではありえなくなること。また、少年たちのなかにも自分の進む道を新たに見つけるものも出てくる。それが故に彼らは最後に最高の試合をする。ある意味、お話し、荒唐無稽なのだが、ぼくらは彼らとともに最高の試合を楽しんだ。おもしろかった、ホントに。
このとにかく文句なしの爽快なおもしろさは「ラスト・バウンド」(奥田英朗)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/13732182.html ]を読んだときのそれに似ている。何かを伝えたり、語ったりすることでない、物語、それ自体の面白さ。


ベタ褒めのなかで、あえて気になった点も幾つか。この作品をひとつの作品と考えたときに、各部(各話)のつながりがちょっとうまくなく感じた。それは各部(各話)がそれぞれにあまりにうまくまとまりすぎている(褒め言葉ね)が故に、続く部(物語)が始まるとちょっと唐突、違和感を感じた。え、まだ続くの、的な。また主人公の少年少女たちの優秀さも少し気になる。メンバーの中では少し劣っている子がいても、いわゆる普通の子に比べるとやはり抜きん出ている。メンバーのなかでは技術がともなわないとされてるキャプテンの翼にしても、大きな声と空間把握能力に長けているし、ぽっちゃり気味だった玲華にしても、独自のセンスで球が出てくる場所にいつの間にか居るという才能を発揮する。そうでなければ最高のゲームはできないのだろうが、もう少し「普通」の子が活躍する部分も欲しかった。やめちゃったね、普通の子。
また花島自身のプロフィールがもう少し欲しい。ブラインドサッカーのエピソードも、もう少し深く少年たちに絡ませて欲しかった。そして、一番気になるのが、とても魅力的な花島の恋人杏子。やはり花島との大人の関係(肉体関係)の描写は気になるところ。大人の恋人同士だから当たり前のこと、爽やかなくらいの描写で終わっているのだが、この作品を年頃の娘におもしろいと薦めたくても、その部分があるのでちょっと躊躇しちゃう。え?いまどきの子どもは大丈夫?そうかもしれない。しかしお父さんはちょっと照れちゃうのだ。
今挙げた気になる点は欠点とはいえないもの、思い返せばということで、とにかく一気に楽しく読んだ。物語の楽しさを味わって欲しいオススメの一冊。

蛇足:レビューを書いていて、ふと往年の少女マンガ「甲子園の空に笑え!」(川原泉)が思い出された。ちょっとこの作品とは違うのだが、型にはまった高校野球とは違う、普通の高校の、普通の生徒の甲子園出場の物語。ほのぼのとしてよかったなぁ。
蛇足2:本作のタイトルは正直サッカーをよく知らないぼくとしては当初大げさだと感じた。正直、川端氏の作品と知っていてもちょっと腰が引けた。読んでみて、某スペインの有名サッカーチームがギャラクティコ(銀河系軍団)と呼ばれてていることに由来としていることがわかった。これ、サッカーファンならニヤリなんだろうな。しかし、ゼットンとはなんだ、ゼットンとは!まさか銀河とウルトラマンをひっかけたベタな洒落か?