海の底

海の底

海の底

「海の底」有川浩(2006)☆☆☆☆☆
※[913]、国内、現代、小説、SF、水棲生物、突然変異、海上自衛隊、潜水艦、警察、自衛隊、特撮、ライトノベル


これは十五少年漂流記だなと思ったら、作者あとがきに「潜水艦で十五少年漂流記」とあった。ちぇっ、そのままじゃん。


図書館戦争」で気になる作家の仲間入りとなった有川浩。「空の中」に続くSF怪獣青春長編第二作「海の中」。レビュー書くにおいて分類してみるとやはりライトノベルか、読みやすい読み物だなと思う。しかし、これは好きな作品、大好きだ。調子に乗って星五つ(!)。ある年代の(元)男の子は絶対夢中になる。なるに決まっている。大人になりきれないあなたにオススメの一冊。深く考えてはいけない、ただひたすら楽しんで読め!読め!読め!読め!だっ!


春の横須賀、桜祭り。年に数回、市民に開放される米軍横須賀基地に、人々が集う。その日その場所で、事件は起こった。突然、海中から現れたのは大きいものは体長3メートルに及ぶ巨大な赤い甲殻類、まさに大きなザリガニの大群。次から次へと現れる彼らは、大きなハサミをふるい、人々を襲う。そして喰らい始めた。
米軍基地に隣接する長浦港の潜水艦埠頭には、二日前から、海上自衛隊が誇る最新型潜水艦「きりしお」が停泊していた。米軍基地で事件が起き、乗員は艦から全員退去を命じられた。艦に最後まで残ったのは、騒動を起こした罰として一週間の上陸禁止を命じられていた実習幹部の夏木大和三慰、冬原春臣三慰、そして艦長の三名。彼らが艦から退去しようとしたとき、逃げ遅れた民間人の姿、それも子供たちの姿を見つけたのだった。自らの身を挺して子供たちを救う艦長。
そして夏木、冬原と、高校3年生の少女1名、中学3年から小学1年までの少年12名、合わせて15名は、大量の巨大なザリガニに包囲された潜水艦「きりしま」のに閉じこめられた。密閉された艇内で繰り広げられる、幼きものたちの人間模様。果たして、彼らは無事、脱出できるのか?
一方、地上では警察史上初めての異常事態に混乱が生じていた。突然現れた水棲生物を巡り、警察内部の縄張り争い、自衛隊派兵を巡る官邸での政治的判断論議などでいたずらに時間が過ぎてようとしていた。そうした中で問題の実際的解決を進めるために、飄々と行動を起こす神奈川県警の明石部長、そして警察庁の烏丸警視正。上層部の政治的思惑、責任転嫁の構図を巧妙に乗り切るふたり。一般的に保身を第一とするキャリアに似つかわしくない大胆な発言、行動をとる烏丸を、この事件で初めて顔を合わせたとは思えないほどの阿吽の呼吸でサポートする明石。
横須賀の街を襲った異常事態。そして事件のなかで育まれる淡い想い。果たして横須賀の街は平和を取り戻せるのか。


最初に書いたとおり、この本はすごく楽しい読み物。正直、あまり詳しい感想を書いてしまうのは気が引ける。ぜひ、未読の方には先入観や、前知識なしで読んで欲しいと思う作品。
結局、自分にとって最高と思える作品や、心に染みる作品は備忘録に詳細なあらすじとかを残さなくても覚えているもの。尤もいまは楽しかった勢いが強いので、そう思っているだけかもしれない。存外、星5つつけた作品を振り返ると、勢いで評価を高くしてしまう傾向は強い。振り返るとあれ?何だっけ?というのもないわけではない(苦笑)。この作品はどちらだろう。


物語は、閉じ込められた潜水艦館内の少年たちの物語と、地上で事件の解決に当たる警察、そして自衛隊の物語のふたつの物語が並行して進められる。このバランスがいい。
潜水艦の物語の、夏木、冬原が多少、ステレオタイプで、もう少し人間の深みが欲しいという部分はあれど、やはり少年たちが十数人集まると人間ドラマが生まれる。この作家の場合、前作「空の中」でも感じたが、こどもの書き方が設定年齢に比べ、ちょっと幼いような気がする。今回も中学3年生の問題児が、問題児というシチュエーション(設定)はよいのだが、ちょっと幼すぎる気がする。仄かな好意を抱く高校3年生の女性に対する、中学3年生の男の子の態度としては少し物足りない。尤も、それがゆえに思春期の少年の「知りたい年頃」の方向に話が進まなくてよかったねという部分につながるのだから、痛し痒し。もしかしたら、この男の子の年齢設定を、小学校卒業したての中学1年生あたりに設定するともう少し、納得しやすいのかもしれない。
そういう意味では高校3年生の少女の設定も、もう少し年齢を落としたほうがぴったりくるのかも。家庭の事情で、本来は勝気な性格の少女が、波風を立てることを恐れるあまり、唇をかみ締めて我慢することを習いとする姿。また艦内で彼女突然襲う、女性特有の問題も、まだいわゆる「大人の女」以前の少女であるからこそ、夏木、冬原にとっても事象として捉えることができたのだと考えると、中学3年生ないし高校1年生くらいのほうが、この物語の設定としては合っていたのかと思わないでもない。尤もそれは枝葉末節な話であり、「少し」違和感を覚える程度にしか過ぎないといえば、過ぎないのだが、。
一方、地上のほうの物語も、また爽快であった。人命よりも体面、縄張り、あるいは責任を擦り付け合う組織の論理を乗り越え、飄々と事態にあたるふたりの大人。そして、大胆な仮説を推し進めるマッドサイエンティスト役を演じる研究者。あるいは「先人の知恵です」と嘯き、某国民的怪獣映画を引き合いに出したり、。
この作品の魅力は、このふたつのドラマがよいバランスで描かれたということが大きい。もちろん、それぞれの物語を更に詳細に突き詰めて書いてほしい、そうすることにより更に「読み物」から「小説」へと一段進歩するだろうという思いもある。しかし、この「爽快」な物語は、このままだから「楽しい」「おもしろい」が前面に出ている作品。痛し痒し。とにかく未読の方には、ぜひ読んで欲しい作品。そして楽しんで欲しい。
ひさびさに万人にオススメ!の一冊。読め!読め!読め!である。


蛇足:しかし、主人公ふたり夏木、冬原という対のネーミングはあまりに直球で、ちょっとセンスがない。この作品で重要な意味を持つ森生望、翔という姉弟の名前も残念ながら、今ひとつ。「森生」は「森に生きる」だぜ。「望」はまだしも「翔」はちょっと違うのでは?。「森」で、「かける」なら、「駈」もしくは「駆」くらいか。せっかくの設定のはずなのに、もう少しが欲しい。
蛇足2:夏木、冬原の主人公ふたりは往年の名作マンガ「ファントム無頼」(新谷かおる)の主人公二人を彷彿させた。また水棲生物が暴れまわるという設定は、機動警察パトレイバー(映画版)の「WX III(wasted 13)」だな。あるいは、事件が起こっている最中の警察内部の責任転嫁の構図は「the movie」か。(もちろん「踊る大捜査線」を思うのも間違いではない)。くそぉ、この作家、ヲタク心をくすぐるぜ(苦笑)。


有川浩他の作品のレビュー
図書館戦争http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/36582433.html
「空の中」http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/37692234.html