東京バンドワゴン

東京バンドワゴン

東京バンドワゴン

東京バンドワゴン小路幸也(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ホームドラマ古書店、大家族、お茶の間


最後のページをめくると、あぁと納得させられる一行。
本作はよき時代のホームドラマへのオマージュ、東京下町の古書店東京バンドワゴン>を舞台にした四世代大家族の物語。あの頃、世代を越えた大家族は当たり前だったよね。「寺内貫太郎一家」とか「フーテンの寅さん」とかお茶の間を舞台にしたドラマが自然と思い出される、そんな作品。
とりあえずジャンル分けするなら、日常の謎系というミステリーの括りにもなるのだろう。しかし、やはりミステリーというより小説、ホームドラマがぴったり。春から始まる四季のそれぞれの季節を舞台にした、一話完結の連作短編集。まさにテレビドラマのような一年間の物語。そういえば、あの頃は4クール52週、1年間の番組も多かった。いまやドラマといえば、1クール13週が当たり前。それだけスピーディになったのか、はたまた持たせる力(ちから)に欠けるのかか。
懐かしいあの時代のドラマを観ているようにほろりとさせられる気持ちのいい物語。ネットでの評判も概ね好評、作家が狙うところは十全に表現され、読者もきちんとそこを理解して読む。これもいい時代のテレビのよう。作り手と読み手のキャッチボール。あれこれ細かく突っ込むことは幾らでもできる。しかしこの作品は、今の日本がどこかで置き忘れてしまった、のほほんとした人情味あふれる人々の世界を楽しむのが正しい読み方。間違っても、いまどきありえないとか言っては駄目。ありえないかもしれない、しかしどこかにあって欲しいそんな正統派(?)日本のお茶の間の姿。


ただ作品の評価となるとちょっと厳しい。こういう物語はどうしても小品佳作である。ほろりといい話ではあるが、、いわゆる大作と比較すると割り引かねばならない(尤も、「客観的」とはどこを指していうのか自分でも疑問ではあうるが)。星四つはかなりおまけしての評価。でも、とても素敵な作品であることは間違いない。


明治時代から続く下町古書店東京バンドワゴン>。最近はカフェも併設して、朝から常連さんがやってくる。切り盛りするのは3代目店主、79歳の堀田勘一を筆頭とする親子4世帯、ひとつの家で大家族が住まう堀田家の面々、総勢9名(幽霊1名含む)。登場人物は、勿論こういうお話しだから家族だけではない。家族の顔馴染みも、お店の常連さんもた、みんな登場。そしてまた昔のホームドラマよろしく、家族皆の前で話せないことや、ちょっとした息抜きに使う行きつけの小料理居酒屋も近くにある。女将も勿論顔馴染み。聞いていないようで、聞いている。そんなどこか懐かしい下町の一家の一年間を、勘一の妻サチの幽霊を語り部として、温かく優しい眼差しで描く作品。


<春、百科辞典はなぜ消える>
近所に住む小学一年生の女の子、美奈子ちゃん。毎朝、百科事典を抱えてやってきて、こっそり<東京バンドワゴン>の書棚に置いていき、帰りに引き上げていく。そのことに気づいた堀田家の面々。その謎が明かされるとき。
一方、小学校6年生の花陽は、未婚の母である藍子と親子喧嘩をして家を出てしまった。きっかけは、学校のお父さん達の集まりだった。お父さんのいない花陽がお母さんに言った一言とは。下町の人情あふれる物語の始まり。


<夏、お嫁さんはなぜ泣くの>
ある日<東京バンドワゴン>にひとりの若い女性が現れた。本人にはその気がないのに、女性を誤解させてしまうことが多く、女性トラブルの絶えない青のお嫁さんに来たという。いつもなら知らん顔の青も、今回は面倒を見てやってくれという。生き生きと家の仕事を手伝う彼女であったが、実は秘めた思いがあった・・。
一方、飼い猫のベンジャミンの首輪に文庫本のいちページを巻かれていた。それも三度も続けて。
はたまたお騒がせロックンローラー我南人が突然ダークスーツに身をまとい、金色に染めた髪を短い黒髪にして皆に声をかけた。皆で頭下げに行くぞ!と、。


<秋、犬とネズミとブローチと>
岐阜の小さい温泉宿から、旅館を廃業するので、家にある書籍を処分したいと<東京バンドワゴン>に連絡が入った。<水禰(みずね)旅館>という、その旅館に出かけ、書籍の値付けをした紺であった。翌朝気づくと、旅館には本も、人の気配もまったくなくなっていた。
一方、<東京バンドワゴン>では、今は隣町の老人ホームに入所した、昔馴染みの勇造さんがやってきた。勘一に頼んでそろえてもらった、ホームの読書コーナーの本を一冊持ったまま、ひとりの老女が姿を消したという。


<冬、愛こそすべて>
すずみと青の結婚式が迫った十二月のある日。病院嫌いの勘一が風邪で寝込み、式までに治るか心配された。式を執り行う馴染みの神社の神主、康円さんも、なにやら<東京バンドワゴン>の先代が本に書き記した<家訓>をひきあいに、日取りの変更を仄めかす。
一方、その康円さんに、浮気の疑惑が持ち上がる。
実は、この康円さんの不思議な行動は、康円さんも知らない青の出生の秘密に絡んでいた・・。


こうして、あらすじを簡単に書くと、きちんと日常の謎をテーマにした小説だったのだなと思いつつも、「謎」が重要な作品がないことに気づく。やはり、この作品は、大家族の物語だったのだと改めて感じる。
最初の話から、堀田家の家族全員が登場するのだが、これが不思議に混同しない。いい意味で家族それぞれのキャラクター付けがしっかりなされている。いや、昔ながらのホームドラマのそれなのかもしれない。わいわいがやがや家族全員で一斉に食事をするなんて、今の核家族にはできないこと。そういえば、いまどきの「サザエさん」もそうだった。家族皆が顔を揃え、話しながら食事をすることはとても大事なことだと思うのだが、なかなかできないね。


さて堀田一家の面々、それぞれ味わいのあるキャラクターだが、一番味があるのは、やはり「LOVE」を語る60歳のロックンローラー我南人。「家出は若者の特権だねぇ。年取ってからやると失踪者になっちゃうからねぇ。今のうちにどんどんやりなさい」「ケンカは若者の特権だねぇ。」と判ってんだか、判ってないんだかよく判らないけど、とにかく勢いがある。そのくせ家族をとても大事にしており、息子、紺のお嫁さんのために、ポリシーを曲げ、きっちりスーツを着込んでみたり、あるいは自分で育てられないという、愛人が生んだ青をひきとるが、その秘密はきっちり守りとおす。いいよね、このオヤジ。ただ、作品冒頭に期待したほどには、ぶっとんでなかったのは少し残念。「サウス・バウンド」(奥田英朗)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/13732182.html ]や「厭世フレーバー」(三羽省吾)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/19199080.html ]のオヤジくらいにぶっとんでてくれてもと少し思わない訳ではない。でもこの作品でそこまでぶっとぶと、堀田家の物語から我南人の物語になってしまい、ちょっと作品の世界が変わるのかもしれない。その言動から内田裕也をイメージされている人も多いようだが、ぜんぜん違うのかもしれないが、個人的にはマイク真木とか、松崎しげるのような、太陽の似合うオヤジのほうがイメージだ。内田裕也は、ちょっと生臭い気がする。あくまで私見だが。


蛇足:あたたかな気持ちのよい作品であったが、読了後数日置いて思い返してみると、やはり記憶の輪郭が少しぼけてきている。佳作小品の定めか。