骸の爪

骸の爪

骸の爪

「骸の爪」道尾秀介(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ホラー、本格推理、伝奇、仏像


「背の眼」で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビューした、道尾秀介のデビュー三作目。間にぼくには合わなかった「向日葵の咲かない夏」というホラー作品が置かれたが、本作はデビュー作「背の眼」の続編。「背の眼」でお馴染みになったホラー作家「道尾秀介」が旅先で出会う事件に、旧友の名探偵、真備庄介が挑むという、典型的ワトソンタイプの語り部による、本格推理ホラーミステリー(わぁ、いっぱい)。いい意味で読みやすく、ふむふむと納得しながら読める明快な推理。そして深くなりすぎない適度の薀蓄。本当の「本格」好きの人が読むと、何やら突っ込みどころもありそうな気がするが、馴染みのシリーズを楽しく読むというレベルでは十分なのかもしれない。ただ「読みやすい」=(イコール)「深みがない」に当て嵌まるのも事実。☆4つはかなりおまけしての評価。


平成15年11月、従兄弟の結婚式に出席するために滋賀にやってきたホラー作家の道尾秀介は、手違いでホテルの予約がなされておらず、泊まる場所に困っていた。予約を取りそこなった従兄弟の新妻の手配により、翌日取材する予定だった「瑞祥房」という仏像を制作する仏所の寮に、一日早く行き泊めてもらうことになった。
瑞祥房では、師走八日に行われる釈迦成道会に、檀家の人々に配るため、木片に仏の全身を浮き彫りにされた小仏づくりのまっ最中であり、房主の松月をはじめ弟子の岡島聡一、鳥居伸太の三人が懸命に小仏を彫っていた。瑞祥房に来る途中、すれ違う際に挨拶をしていた、従兄弟の新妻の知人であり、今回の取材のセッテイングをしてくれた瑞祥房に働く女の子、摩耶のメールでの連絡により、庭師の唐間木に案内される道尾。瑞祥房はもともと、瑞祥寺という寺のために作られた仏所で、二百年くらい続き、房主は代々松月という号が与えられ、現在の松月は六代目にあたるということを聞きた。房は木彫りがメインとなるが、登り窯も持ち、丁度いまは、今日から始まる窯焚きを魏沢良治が見ているとのことであった。瑞祥房は先の摩耶を含め、五人の仏師が働いている。現在、摩耶はその才能を見込まれ、昔ながらの手法だが、いまは珍しくなった「乾漆像」を作っているとのこと。加えて、仏師の作った仏に魂を入れる「開眼供養」を行なう、瑞祥寺の僧侶、慈庵も紹介された。
慈庵が作業を行う部屋は、これから納品を待つ仏像が数々置かれていた。そのなかで道尾はひとつの仏像に気づいた。ものすごい気迫を持つ千手観音の像。二十年ほど前に、一度アメリカへ納品されたが、理由もはっきりしないまま返品されたものだという。そしてこの仏像を彫った若き仏師、韮澤隆三はこの像の制作を最後に、突然その姿を消したという。この房ではいまや韮澤の名前がタブーとなっているとも聞いた。
その夜、道尾が宿泊場所としてあてがわれたのは、仏像の置き場所となっていた宿坊の一室。周りを仏像に囲まれたなかで、早く寝なければとの思いと、電気を消したら仏像たちがもぞもぞと動きだすのではとの思いに逡巡する道尾。意を決し、部屋の仏像の写真を撮ろうと思い立つ。しかし工房にカメラを置いてきたことを思い出し、山中の黒いという言葉のぴったりくる闇のなかを工房へ進む道尾。そのとき、男の声を聞き、また寒い冬の地面を蛇が這う姿を見る。そして工房では誰かの息遣いを耳にし、ひくひくと笑う千手観音の顔を見た。驚きのあまり、カメラを手にし逃げるように工房を出た道尾は「マリ」と何度も繰り返す言葉を聴き、そして藪のなかに突然現れた小さい社に安置された仏像で出会う。暗闇のなか仏像の写真を撮る道尾。
翌日、仏師の一人である岡島の姿が消えていた。そして昨夜聞いた「マリ」という名を尋ねた道尾は、房主に帰れと言われた。そして、それが事件のはじまりだった。
旧友の真備のもとに訪れた道尾は、房での話をし、そして一枚の写真を見せた。あの夜撮った一枚の写真は、血を流す仏像を写し取っていたのだ。
道尾は再び瑞祥房を訪れた。旧友で名探偵である真備とその助手である北見とともに。
連続して起こる、仏師の消失。二十年前の仏師の失踪の謎。それらの謎を真備は解くことができるのだろうか?


それなりに楽しく読みやすい作品であったが、その評価を下げざるを得ない第一要因は、前作で真備が抱えていた哀しみが本作では触れらていない点。あの哀しみをして真備を魅力的なキャラクターとし、また人物造形に深みを与えていたと思うのだが、今回はまったく触れられていない。また真備自身も事件に関わるわけでなく、ただの傍観者としての名探偵で終わってしまっている点も少し寂しい。前作で見せた幽霊探偵(?)としての能力も、本作では発現されることがなく、少しもの足りない。加えて、真備の助手である見目麗しい若き女性、北見凛の能力も本作品ではほとんど使われない。こちらもまさにお馴染みの登場人物が顔を出しただけ。
真備、北見のふたりの能力を、今後の長いシリーズ化を狙っての上で、敢えて外したというのならよいのだが、実は作家の手に負えなくなってしまった、手に余るようになってしまったのではないかとちょっとだけ危惧を覚える。しかしふたりのこの能力こそがシリーズを他の作品と分ける特徴となっている以上、やはり作家には堪えて頑張って欲しい。頑張れ!踏ん張りどころだ、道尾秀介!。
本作はシリーズを意識しない単体で読んでも、十分読める作品ではあると思う。しかし正直、それでは足りない。それでは読み物の域を出ない。もう少しが欲しい。
そういう意味で、前作で「期せずして良作に出会った」という感想を持ち、魅力的なキャラクターたちでのシリーズを期待した身にとって本作に出会えたことは嬉しいことであった。しかし、確かにキャラクターは前作の雰囲気どおりであり、読みやすく、それも良いことであるのだが、どこかもう少しの「深み」が欲しいと思わずにいられない。何かが欠けている。それは扱う事件なのかもしれないし、あるいは解かれる謎なのかもしれない。しかし一番大事なのは、やはり馴染みのキャラクターの人間だと思う。個人的にはサブキャラクターである北見はともかく、名探偵真備には先に触れた哀しみをたたえているべきだと思う。そしてその哀しみを、シリーズが進むどこかで乗り越えて欲しいと思う。そこに、哀しみを克服し、成長した真備の姿を見たい。
またもや、読者は勝手なことを言う。


デビュー作をなかなか越えられない作家は多い。しかし、いい意味で小説としての読み物を書く作家として道尾秀介のこれからを期待したい。


追記:キャラクターにばかり囚われてしまったが、実は肝心の事件が、こじんまり、そしてちょっと上滑り・・ということも付け加えておく(2006.8.1)


蛇足:前作で自分の書いたレビューを読み直してみたら、「ほどほど民俗学を散りばめ、本格推理を散りばめ、エンターテイメント作品として二段組400ページ弱の大作の割に読みやすい」とあった。今回は一段組みでの400ページ弱。なるほど前作と比べて「読みやすく終わった」はずだ。文書量で判断するものでもないし、悪いというわけでもないのだが・・。
蛇足2:ところで表題の「骸の爪」の意味が・・?。ただの「京極」風?