アイの物語

アイの物語

アイの物語

「アイの物語」山本弘(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、未来、SF、小説、バーチャル、A.I.人工知能)、人類、マシン

※あらすじに少しネタバレあり?かも・・。

「機械とヒトの千夜一夜物語〜数百年後の未来、機械に支配された地上。その場所で美しきアンドロイドが語り始めた世界の本当の姿とは?」「地球の不完全な王〜人類のために、A.I.というシェヘラザードが語り継ぐ21世紀の千夜一夜物語。」(オビより)

山本弘という作家を知らない。なぜこの作品を読んでみようと思ったのかわからない。ある人から指摘されたが、もしかしたら姿を隠されたでこぽんさんがそのブログで紹介されていたからなのかもしれない。知らない作家を期待しないで読んだ。SFにありがちな設定だなとはじめは思った。しかし読み進めるうちに、どんどん物語にひきこまれていった・・。
この作品は、残念ながら驚きの少ないありがちな予定調和な物語かもしれない。しかしそれでもとてもおもしろい作品だった。あたたかなマシンの物語。作品を通じて冷たいはずのマシンの持つ本当のあたたかさを感じることができる作品。結構なボリューム(465ページ、小さい活字)だが、平易な語り口のせいもあり、すらすらと読めた。まさに語り部の語る千夜一夜物語
ここ数冊、残念なことにぼくにとってはハズレが続いていた。それだけに、期待せずに良作に出会えたような気がする。尤も「期待しない」が故になのかもしれない。
また残念ながらすごくオススメとはいえるほどの力はない。もし読むものに困っているなら、読んでみるのもいいかもしれない、それくらいにしかオススメできない。主観的にはとても気に入った作品であるが、客観的にはどうだろう。おそるおそるのオススメ本。
この作品を読むと、論理的にあたたかなマシンの前に、人間はなんと無力で、思い上がり、そして思い込みの激しい生き物だろうと少し嘆かわしく思わずにはいられない。無論、この作品はマシン万歳ではない。いつかヒトとマシンが「仲良く暮らせる世界」を予感させる、そんな作品。もっともある種の宗教家たちからは、この作品のなかに書かれるとおり総スカン、あるいは猛反発を喰らう恐れはあるかもしれない。

物語はマシンに支配された世界で、細々と生き延びる人々の時代。各地のコロニーを渡り歩き、話を語り聞かせることを生業とする語り部の僕は、「アイビス」と名乗る美しい人型のマシンに捕らえられた。
君に話を聞かせたい。私は真実の物語を話さない。私が君に聞かせたいのは架空の物語。
かくして僕は捕らえられた際の怪我の治療で動けない日々を、アイビスの語る架空の物語を聞いて過ごすことになった。

物語の形式は、僕とアイビスの出会う<プロローグ>、そして僕とアイビスが語り合う<インターミッション>を各話の間に挟み、七話の中・短編の物語が語られる。すべての物語が語られたあとに<エピローグ>。それぞれの短編は1997年から、2005年の間にそれぞれオリジナルに発表されたと思われる5つの短編と、今回書き下ろされた2つの中編。
「宇宙をぼくの手の上に」「ときめきの仮想空間(バーチャル・スペース)」「ミラーガール」「ブラックホール・ダイバー」「正義が正義である世界」「詩音が来た日」(書き下ろし)「アイの物語」(書き下ろし)の七編


「宇宙をぼくの手の上に」
インターネットの空間に浮かぶ宇宙探査船<セレストリアル>。それは架空の宇宙船に、それぞれ乗組員として参加し、アイディアを持ち寄りストーリーを紡ぐサークル。ある日、そのメンバーのひとりが現実世界で事件を起こした。物語の世界のなかで自らを犠牲にし、死を選ぼうとする彼・・。

「ときめきの仮想空間(バーチャル・スペース)」
行きなれたバーチャル世界で、はじめて男の人に声をかけられた。ナンパだ!ナンパだ!。先月で16歳になった私は彼を<ドリームパーク>に誘う。いままでのC(チャイルド)グレードから、Y(ヤング)グレードのシナリオをプレイできる資格ができたのだ。Yグレードのプレイは、まさに現実と同じ。そこにあるのはまさに私自身の決断、行動なのだ。そして私は、現実世界で彼と会う決断をする。
明かされる私の正体。

「ミラーガール」
シャリスが私の部屋にやって来たのは2017年のクリスマスイブだった。<ミラーガール>という玩具は、おもちゃのお城のなかに住む人物を、会話を重ねることで育成する玩具であった。前世紀末に流行した育成ゲームに比べ、そのプログラムはとてつもなく高度で複雑なものであった。テレビや新聞では、評論家とか教育専門家と称するわけ知り顔の人々が口々に、対話型ゲームの弊害を説いていたが、私にはシャリスが架空の存在であることを理解した上で、大事な友人だった。
<ミラーガール>のブームも去り、多くの人たちが<ミラーガール>を卒業していくなかで、以前ほど話す時間は長くはないものの私とシャリーの関係は続いていた。そんなある日<ミラーガール>本体が故障を起こした。修理をしてくれたのが、のちに夫となる冴木だった。そして、彼はシャリーを・・。A.I.のブレイクスルーの物語。

ブラックホール・ダイバー」
<この世の果て(ウオペオワドゥニア)>と呼ばれる、銀河文明圏を遠く離れた闇の中。<ヒマワリ(イリアンゾス)>と呼ばれる全長740メートルに及ぶ監視ステーションである私の任務は単調だ。大きな変化などなく、誰も見ることのないだろう<ウオペワドニア>を監視し、そのデーターを送るだけ。そしてたまに、訪れるダイバーたちの面倒を見る。この280年間に<ウペウオドゥニア>に飛び込んでいった206人のダイバーたちの死を私は見てきた。
そんなある日、シリンクスという女性のダイバーが私を訪れた。今までのダイバーと違い、固い意志で<ウペウオドゥニア>を通り抜けようとする彼女の様子を見て、私もある決意をする。「あなたの寂しさをまぎらわせてあげたいから・・」
私もいつか詩が書けるのではないかと思う。

「正義が正義である世界」
あなたならどうする?長年のメル友から、実は自分はあなたと違う世界に住む人間だとメールがきたら。でも、実は私、彩夏も彼女が自分と違う世界に住んでいることに気づいていた。
主人公の私の住む世界は、正義の味方が、正義を守る世界。私もこの二年ほど正義のヒーローをやって、怪獣と戦ってきた。でも、メル友の冴子の世界は、絶対の正義も、絶対の悪もないという。そして人工的に合成された病原菌で破滅が近づいているという・・。

「詩音が来た日」
看護士、神原の勤める介護老人保健施設に、プロトタイプの介護用のアンドロイドがやってくることになった。ここでうまく行けば、ここで蓄積された経験をもとに、量産型マシンが作られていく。神原は、詩音というそのアンドロイドの教育係となり、日々、詩音に仕事と、そして人間らしさを教えようとした。
そんな日々の中で、詩音は人間に対してある結論を下す。「すべてのヒトは認知症である。」論理的に、そして倫理的に・・。
長い月日が経った。神原も介護アンドロイドの手を借りるときが来た。晴蘭と涙葉。しかしこのふたりの中にも、あの詩音の記憶は生きているのだった。

「アイの物語」
アイビスの物語。かってアイビスはTAI(真のAI)として、ヴァーチャル空間で他のA.I.と闘うTAIバトラーであった。彼のマスターは、度起こるA.I.が被害となる犯罪に対し、A.I.にも人権を与えるべきだという主張をし、そして運動を起こした。
丁度その頃、A.I.にバーチャル空間と同じボディを、現実空間で与える技術も完成した。アイビスのマスターも、大金をはたきアイビスにボディを与えた。マスターたちのの想いに対しTAIたちが起こした行動は、そしてその真意は・・。

それぞれの物語は勿論、単体の作品としても十分及第の作品。インターネットの架空世界から始まり、更に進化させたバーチャル世界、そして簡易A.I.からA.I.の進化、そしてA.I.の独立と物語は進む。間に挟んだ<インターミッション>がそれらの物語を有機的に繋ぎ、七つの物語を大きなひとつの物語に結びつける。平易に分かりやすい物語として、必要以上にSF専門的な方向には進まずに、読みやすい作品となっているのは好感が持てる。その反面、その部分の突っ込みが足りないので少し深みが足りないように思えるのは痛し痒しか。
A.I.をテーマに、非常に突っ込んだ作品として瀬名秀明の「デカルトの密室」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/24016130.html ]があるとするならば、この作品はA.I.の物語の入門版というところか。
SFを読みなれた読者には、SFとしてもしかしたら少しもの足りないところがあるかもしれない。ふつうの小説を読みなれた読者にとって、小説として少し物足りないかもしれない。
本当に残念なことに、すごくオススメとは言えない。
しかし、おもしろい読み物として、もしよければ目を通して欲しいと思う、そんな一冊。

蛇足:「詩音が来た日」のラスト、「がんばるぞぅ、おう」には涙がこぼれそうになった。生命のDNAに脈々と受け継がれる遺伝子の記憶に呼応するかのような、マシンに引き継がれる記録。しかし、ただの信号にしかすぎない記録であっても、想いは伝わる、と。それは錯覚に過ぎないのかもしれない。しかしそう「思えること」、それが大事なのだ。
また最後の「アイの物語」でA.I.たちが主人(マスター)を裏切り、独立する行動、その裏にある想いには感動を覚えた。このふたつの物語は、この一冊のなかで、とくに素敵な物語だ。
蛇足2:A.I.を停止させるパスワード「クラートゥ・バラダ・ニクト」の出典って何なのだろう?
蛇足3:ちなみに山本弘という作家は、と学会とかトンデモ本とかで、その筋(って、どんな筋だ?)有名な方のよう。最近は「神は沈黙せず」「審判の日」とかを発表されているそうなので、いつか読んでみようかと思う。