失踪症候群

失踪症候群 (双葉文庫)

失踪症候群 (双葉文庫)

「失踪症候群」貫井徳郎(1995)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、孤独、若者、失踪

「これ、シリーズものらしいんだけど」会社の友人に手渡された一冊。彼からはときどき本を借りるのだが(おかげで助かっています)、今回は名前だけは見知った作家、貫井徳郎。数冊は読んでいるが、ぼくとはあまり馴染む作家ではないような気がする。


果たして本作品を読み終えた感想は、貸してくれた友人には申し訳ないが、いまひとつ。
全体に大味。個性的に設定された主人公以下の部下三人の四人の登場人物が、それぞれに人間として書けていないと感じる。彼らのなかのひとりの娘が、大きく事件と絡むのだが、それも「うまく」絡んでいるとは思えない。まさしく「お話し」とか「ドラマ」の偶然性を感じた。そして、またそのスポットを当てられた一人にしても、その家族を含め、「人間」を感じるほどに書かれていたとは思えない。いや、この作品をエンターティメント系の2時間ドラマのようなサスペンスと捉えるならば、それでも充分及第なのかもしれない。ネットで調べてみるとこの作品は「症候群シリーズ三部作」の第一部にあたるらしく、このあとに続く作品では、ぼくがいま書けていないと述べた残り二人の部下もそれぞれに作品に絡むらしい。シリーズで評価する作品なのかもしれない。またこのシリーズは、現代の「必殺」シリーズと呼ばれているらしい。警視庁の人事部に勤務する昼行灯、環敬吾を中心とする、市井の人々の中に紛れて暮す、選ばれた者たちで構成されたチームが、影の警察として現代社会に潜む謎の捜査にあたる。まさにテレビドラマだ。


婦人警官に憧れて警視庁に入庁した安藤京子は、自分の望みとはかけ離れたスタッフ部門である人事二課に配属され、くさっていた。そんな彼女が気になるのは、同じ部署の三十代後半の環敬吾。外見はよいのだが、どうも明らかに仕事の量が少ない。見かけだけで仕事のできない男なんて、と思ってみたもののどうもそれだけではない。頻繁にかかってくる電話、わからないプライベート。そしてある日、彼宛に刑事部長から電話がかかってきた。いったい刑事部長が彼に何の用だろう。しかし、課長から頼まれた日常の雑務に追われた京子が、環が刑事部長に依頼された話しを知ることはなかった。
酒井信宏刑事部長に呼ばれた環は、酒井の親戚の息子が東京で行方知れずになり、失踪した話しを聞かされる。おそらく事件性のない、自ら身を隠したものだろう。世の中にはこうした失踪事件が意外に多いのだが、もしかしたら、これらのすべてが単純に失踪とはいいきれないのかもしれない。そこで、酒井が抽出した、この数年失踪した若者のファイルから何か掴めないか調べてほしい。
そう環は、警視庁に於いて特命を受け、調査の任を担う影の捜査官だった。捜査の方法はすべて彼に一任される。調査依頼以外の口出しは、調査を依頼した要職者であっても許されない、そんな謎の人物だった。
ファイルを預かった環は、調査を始めるため腹心の部下を集めた。土木作業員をする倉持真栄、街角で乞食(こつじき)をする托鉢僧、武藤隆、そして私立探偵の原田柾一郎の三人は、青山墓地に近い二十四時間パーキングに停まるライトバンに集まった。それぞれにお互いの前歴については知らない。お互いの過去に触れないというのが暗黙の了解だった。しかし三人のなかのひとり原田はそれぞれに何らかの事情で警察を退職した人間であろうと睨んでいた。そして三人はそれぞれファイルの人物の消息を追うことを指示され、別れた。
刑事だった頃の原田は、上司とそりが合わず、ある事件で上司の命令を無視し単独で捜査したことがネックとなり、警察を追われるように辞めた過去を持つ。自分ではまったく疚しいことはしていない。しかし、本来自分をかばうはずの上司を敵にまわしたことが、結局命取りになった。しがない探偵業を営みながら、しかし環からの仕事を自分の心の支えとして生きてきた。そんな彼を、年頃の娘真梨子は忌み嫌うのだった。
失踪する若者の捜査と、原田家の父と娘、この二つの物語を軸に物語は進む。住民票の異動を繰り返す失踪した若者たち。彼らはいまどこに?捜査を進めるなかで一人の若者の死体があがる。殺人事件の真相は?そして若者たちの失踪の謎は?
環たちのチームは、事件の真相に辿り着くことができるのだろうか?


警察官であった父を誇りに思う娘が、不祥事で警察を辞めされられたことで父親に失望する。そしてまたそれは思春期であったことも重なり、生活態度の乱れと、父親への反抗という形をとる。その状況(設定)は充分納得がゆくのだが、父親が調査に当たる事件と、娘の生活が結びついてしまうのは、やはりちょっと「お話し」を感じないわけにはいかない。ふたつの事件が絡むからこそ、小説なのかもしれないが、絡まなくても充分、小説は成り立ったような気がする。とくにもともと気立てのよい未成年の娘が、「おにぎり」と呼ばれるイリーガルな「煙草」に手を出していたのはちょっとだけ不満。仮に煙草だけでも、ぼくには不満だ。
原田という「人物」を浮き立たせる手法としては、父親に幻滅する娘と、仕事にかまかけて娘の姿を見ていなかった父親の姿だけでも、充分だとぼくは思う。敢えて、事件を結びつけたことによる作為が、ぼくには「過ぎている」ように思われ、少し鼻白む。
また環の捜査も、本来の目的以外の事件に遭遇し、これを解決する。加えて刑事部長に依頼された件も、とりあえず解決する。しかし事件を二つも解決しているのに、爽快感に欠ける。おそらく最初に提示された若者の失踪という問題の根源的な解決に至っていないからだろう。環のチームは確かに、犯人が仕掛けた一連の失踪の原因は追求できてはいるが、刑事部長が望んでいたのは、このような一過性な、場当たり的な解決だったのだろうか。ぼくは違うような気がする。環はこれで、若者の失踪の捜査を終わらせてしまうのだろうか?その答えはこの症候群シリーズの続巻にある。


一冊だけではオススメではない。シリーズを通してみたら・・。その答えはまたいつの日か回答したい。ただ、ぼくは「必殺」でなくてもよいのだが・・。


蛇足:連続失踪の犯人の犯行もちょっとお気軽。いろいろな意味で、もう少し重みが欲しい。