港町食堂

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港町食堂

「港町食堂」奥田英朗(2005)☆☆☆★★
※[915]、国内、現代、エッセイ、旅行記、旅、船旅


えっ、と思うのだが、この作品、巷(ネット)では案外評判がよくてびっくり。
また、ぼくひとり辛口?と、われながらちょっとイヤになる。レビューを書くときは、できるだけ客観的、公平に評価しようと思っているのだが、あまりに一般的な感想と遠く、そして最近遠いことも多く、もしかして自分の感性は一般的でないのかと、思わず自分を疑いたくなってしまう。
それでも正直に、自分の感じたことを述べる。このエッセイ、旅行記は、あまりよろしくなかった。
最初から最後まで違和感を覚えたのが文体。「わたし」という一人称と「敬体(丁寧語)文末」まではよいのだが、「常体文末」が混在するのが気になる。それを作家の自然の姿の現れと評価する向きもあるかもしれないが、ぼくには合わなかった。「でしょう」と「なのだ」「である」の混在には頭がくらくらする。それから読点、無闇に多いぞ。そして内容といえば、悪くいえば椎名誠の旅エッセイの影響を大きく受けながら、しかしそこまで思い切りよくできない中途半端な印象を覚える。「わしわし食べ進める」はこの作家の言葉ではない、椎名誠だよ。


小説家の書くエッセイ、特に雑誌連載紀行文でこれはと唸らされた作品を思い出すことができない。以前、好きな作家、真保裕一の書いた「クレタ、神々の山へ」というエッセイでひどく失望させられたことを思い出す。あるTVドキュメンタリーの取材でクレタ島を訪れた作家の旅行記だったのだが、そこには心に訴えるものがなかった。まさにTV取材のおまけ、余技で出版されたという印象を覚えた。これも悪く言えば印税はお小遣いにという程度で出版されたのかと思うほどだった。本書も「旅」という雑誌の企画で、作家を旅に連れ出すというものの連載をまとめて一冊の本にしたもの。テーマは船の旅。飛行機や新幹線で、あっという間に目的地へ着くことができる現代において、敢えて時間のかかる船旅を楽しんでみようという企画なのだが、正直、企画倒れだったのではと思わざるを得なかった。船旅の醍醐味も、またこの旅ならではの何かも、ぼくにはどうも感じられなかった。雑誌の一企画として、グラビア写真もあってなら、また違うのかもしれないが、活字中心の一冊の本になったとき、どうにも弱すぎる。旅のエッセイとは、やはりエッセイに書かれた旅を自分もしてみたいという気分にさせられてこそだと思う。少なくともぼくには、このエッセイを読んで「船の旅」をしたいとは思うに至らなかった。


気取らない旅のエッセイといえば、やはり椎名誠は大きい。(もっとも椎名のそれはかなり特殊な旅だが、)。先にも述べたが、この奥田のエッセイには椎名誠のエッセイの影響を受けたさまがあちこちに見受けられる。しかしもともとが雑誌の企画、奥田自身にあまりに旅に対する思い入れがないので、用意された旅程をこなしただけの記録。新しい発見や、驚きが感じられない。船で旅行して、食べて、飲んで終わり。自分は味がわからないを強調されてから、美味しかったと言われても興ざめするばかり。ところどころに散りばめられた、船旅に個室を用意してもらえなかったという記述も気になるところ。一歩間違えば、おごった作家の愚痴にも見えなくない。椎名誠のエッセイの影響を受けていながら、彼ほどに豪快にふっきれていない、その分ちょっと卑屈に見えるこのエッセイ、好きな作家だけに評価に困るところだ。
しかし、正直に述べる。このエッセイは、直木賞作家、奥田英朗のマニアの方は読まれてもいいかもしれない、しかし、旅のエッセイを純粋に読みたい方にはオススメしない。


やはり旅のエッセイは、旅をしたいと思わせてこそ。
旅のエッセイでぼくがいちばんオススメするのは舞台美術家、妹尾河童の「河童の覗いたヨーロッパ」。氏がヨーロッパの国々を旅行した際のスケッチと文章。文章も味のある手書き。この本を読み、その気になって大学のころユーレイルパスも持ってヨーロッパを旅行したことを思い出す。おかげで統一前の東ベルリンを訪れることもできたし、ドイツのビールや本場のアイスバイン、ヨーロッパではジビエとして一般的な、野生の獣の肉も食べることもできた。河童の「覗いた」シリーズは幾つか出ているが、この作品が個人的にはいちばんのオススメ。
そしてもうひとつオススメは先にもふれた椎名誠の一連の、旅というか冒険のエッセイ。男なら真似したい、大人の男の子の旅と冒険のエッセイだ。


蛇足:旅だけでないのだが、エッセイと小説の両方で感心させられる作家をなかなか思い出せない。唯一、すぐ思いつくのは、大好きな伊集院静。小説とエッセイ(随筆)違いすぎるのには驚くのだが・・。