栄光なき凱旋-上-

栄光なき凱旋 上

栄光なき凱旋 上

「栄光なき凱旋-上-」真保裕一(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、小説、第二次世界大戦、在米日系人、戦争、人種、誇り


※詳細なあらすじあり。未読者は注意願います。


真保裕一の久々の長編。好きな作家のひとりにあげることができる作家の久々の作品が、とてもおもしろく期待に違わないことはとても嬉しいことだ。久々に作品世界にひきこまれている。


この作品は上下巻に別れ出版されている。ひとつの作品として発表された作品を、分冊のそれぞれの巻で評価すべきできないということは何度も述べてきた。しかしこれもまた何度も述べてきたように、このレビューのスタイルとしてそれぞれの巻の備忘録として記録を残すこととする。もっともこの作品は、今まで、同様に感想を書いてきた他の作品とくらべ、ふたつの巻が分かちがたい作品だと感じた。まさに大長編がゆえに、ふたつの巻に分けざるを得なかったことを感じる。一冊あたり約600ページ強、合計約1,250ページ。その分量のわりには読みやすい作品である。そうは言ってもやはり長い。会社の行き帰りの電車を主な読書時間に当てているぼくとしては、また上期決算で帰宅は終電近い毎日を送っているなかでは、手ごわい二冊であり、やっと上巻を読み終えることができた。
この作品はおもしろく、また考えさせられる作品である。詳しい感想は下巻のレビューで行なうとしても、この作品は、もし、いま自分が彼らの立場だったらどうするだろうと考えながら読む作品。「物語」の魅力のひとつに、登場人物に自分を仮託し考えながら読むということがある。この作品はまさにそういう作品である。三人の日系二世の主人公の気持ちにそれぞれ自分を重ね、自分だったらどうするか、そう考えながら読む作品であると思う。
できれば上下巻合わせて短い時間で一気に読んでしまいたかった。下巻を少し読みながらそう思いはじめている。物語も後半に入り三人の主人公が出会い、交わり始めた。舞台も戦争に、戦場に変わってきた。三人のそれぞれが、それぞれ違った想いを抱き参加したこの戦争の物語、最後はどうなるのだろう。こんなレビューなぞを書いている間があるなら、続きを読んでしまいたい。そう思わせる作品。
久々に骨太な物語に出会った。そのことも、とても嬉しい。☆四つは上巻ということでとりあえず。実際は☆を減らすほどの材料はない。


ロスの日本人街に住むジロー・モリタ。帰米(きべい)と呼ばれる彼は、日本から舞い戻ってきた日系二世の青年。夫を失いひとりになった母親に一時日本へ帰されたが、預けられた親戚の家で虐げられ、また己の故国はアメリカだという思いを抱き、九年ぶりに戻ってきた。自分を見捨て、誰かからの施しを受け酒場を経営している母親とは縁を切った。日本人街でも誰にも頼らず、ひとり孤独に、あたかもほかの日系人とは一線を画するように、あるい誰も寄せ付けないかのように精肉店で額に汗して働いている。そんな彼が密かに情を交わすのがケイト・タケシマ。同じ日系人二世であり、ジローと同じように日本人の血を厭い、アメリカ人として振舞おうとする彼女。しかし彼女には婚約者がいた。ヘンリー・カワバタ。やはり同じ日系二世、両親はリトル・トーキョーで日本食堂を細々と経営している。ヘンリーの両親は日本からアメリカに渡り、散々の苦労をした挙句、やっと店を持つことができた。その息子ヘンリーが大学生活をあと半年を残し、故郷であるリトル・トーキョーに戻ってきた。卒業後は大学の教授の口利きで白人の銀行への就職が決まっている、日系人のなかの出世頭。そんな彼がケイトの婚約者であり、そしてジローにとっては唯一、友人と呼べるような相手だった。ケイトの希望もあり、隠れるように友人の恋人とつきあうジローであったが、しかし銀行へ就職が決まった婚約者ヘンリーがリトル・トーキョーに戻ってくるや計算高いケイトに別れを告げられる。あなたは一度も結婚を切り出してくれなかったとうそぶかれ。
ハワイに住む大学生、日系二世の青年マット・フジワラは白人女性である恋人のローラ・コゼットとの待ち合わせのために家を飛び出た。待ち合わせ場所へ向かう途中、かすかな地面の揺れと、低い腹に響く振動を感じた。そして、見た。パール・ハーバーに立ち登る黒煙を。「日本だ。」それは以前から心配されていた日本とアメリカの戦争の幕明け、真珠湾攻撃であった。日本軍によるハワイへの奇襲という戦争のはじまりはアメリカという国に苦労して根を張ろうとした日系人たちに大きな衝撃を与えた。アメリカの国籍をもつことのできない一世と、アメリカの国籍を持つが、黄色人種として、決して同じアメリカ人として扱われない二世たち。それぞれが、それぞれの思いを抱き暮らしてきた。そんななかで起こった日本との戦争。彼らにとって祖国とはどこなのだろう。同じ日本人が住んでいることがわかっていながら、平気で攻撃をしかけてきた日本なのか、それとも家族とともに暮らし、根を降ろそうとするアメリカなのか。
「帰米」と呼ばれる、一時なんらかの事情で日本にいたが、またアメリカに戻ってきたものの多くは、日本では日本語がまともに使えないと虐げられた。そしてアメリカでも権力を握る白人たちから、黄色人種のジャップと呼ばれ、やはり同じアメリカ人として認めてもらえない。己の祖国という思いに対し、どちらの国からも疎んじられる。そんな彼らが、それでもしかし愛する家族のために、そして愛する国のため、あるいは憎むべき敵を倒すために立ち上がる物語。


同じ年代の日系二世の青年たちを三人を主人公に、各章で主人公となる人物を交互に切り替えて物語は進む。


母親に捨てられたと思い、ひとりで生きていこうと決心するジロー。日本がアメリカを攻撃したおかげで精肉店の職を失っても、すぐに倉庫会社の配送という肉体労働を捜し、黙々と働く。そんなジローの母親の黒い噂を聞き、真相を暴こうとする新聞社の下働きをする、同じ日系人のポール・タカクラ。自分の惨めな生活状況に鬱屈した思いを抱えながら、こそこそと動くポール。
いっぽう戦争の開始とともに、置かれている状況の一変したヘンリー。アメリカ人として白人の銀行に勤め、輝ける未来を約束されていたはずが、一転して日系人に対する差別と直面するヘンリー。軍国主義の一世の父親を逮捕された婚約者のケイトは、そんなヘンリーに愛想をつかしたようにジローの母親の酒場で働きはじめる。しかし日系人への反発を行動に移したフィリピン人の暴徒の投げた石に当たり死んでしまう。その事件の発端は、酒場でジローが考えなしに語った言葉であった。
その事実を掴んだポールは、己の考えなしに発した言葉がもたらした結果にうちひしがれるジローをゆすろうとする。ポールの卑屈な行動に衝動的にポールを殴り倒すジロー。しかしその行為は最悪な結果をもたらした。当たり所が悪かったのだろう、ポールはぴくりとも動かなくなっていた。ポールの死体を川に投げ始末したジローであったが、人を殺したという罪の意識は不思議となかった。そんな彼のもとに彼の日本語の能力を買い、語学兵として働かないかとアメリカ軍が声をかけてきた。ジローは即答する「アメリカのために働きます。憎き日本人を殺す手伝いをさせてください」しかしジローの心の底には日本もアメリカも、愛着という点には変わりがなかった。、ただ自分が生きていくことだけ、それだけが大事なことであった。
いっぽう、ハワイではいわれなき罪で逮捕された父親のために、あるいは愛する婚約者のため、そして祖国のためにマットが軍隊に志願していた。そして本土の収容キャンプの生活では、同じ日系人同士が日本につくか、アメリカにつくか、その立場を巡り対立していった。そしてヘンリーは日系人の夜間外出禁止令に対し、同じ権利を有するアメリカ人として抗議を行なうために禁止された夜間外出を行なった結果、逮捕されてしまう。一時は裁判を起こしてまで闘おうとしたが、ついには折れ、そしてアメリカ人としての自分の居場所を確立するかのように軍に志願しようと決意する。果たしてこの三人の若者の未来は、運命は、この第二次大戦という戦争によってどのように変えられていくのだろうか。


※すみません、詳細なところ少し間違っているかもしれません。


とにかく上巻だけでは判断できないし、してはいけない作品である。ただそうしたなかで、この作品には技術的な点で少し気になる点があった。ひとつは言葉の使い方。この作品では「ハオレ」という言葉が突然出てきて、普通に使われるの。正直言って面食らってしまった。読み落としたのかもしれないが、言葉の説明がなかったように思う。文脈からは薄々言葉の意味は把握できるのだが、ちょっと不親切だなと思った。いや、これは些事である。作品の質を貶めるものではない。ただ当たり前と思って使う言葉は、存外伝わらないことがあるのだなと思った。個人的な話だが会社でときどき日本語が伝わらないことがある(苦笑)。ぼくが当たり前と思う言葉は、当たり前でないのことがある。日本語なのに。「遍く(あまねく)」「つまびらかにする」「穿ちすぎる」などが伝わらなかった。言葉を使うの難しい。ちなみに「ハオレ」はハワイ語で「白人」をあらわす言葉だそうだ。やはり、これは説明が必要な言葉だろう。
また各章をそれぞれの主人公の名前にしているのだが、モノローグでもなく、決してそれぞれの主人公のみの立場から書かれているわけでもない。主人公のいる場所、状況に視点を当てて書いているように受け取れる。それなのに突然考えの主体となる人物の記述なく、字の文で、気持ちが語られる。読んでいて、これはいったいだれの気持ちだろうと思う場面が幾つか。少し気なった。
いや、重箱の隅をつついているだけです。大したことではない。
とにかく続きが気になる作品。とりあえず乱暴だが、上巻のレビューを終える。続きは下巻のレビューで。


<下巻へつづく>