図書館内乱

図書館内乱

図書館内乱

「図書館内乱」有川浩(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、小説、近未来、ラブコメ、図書館、言論統制


※前作「図書館戦争」であらすじを残さなかった反省より、今回はあらすじありです。未読者は注意!


全国の眠っていた乙女心を目覚めさせ、爆裂させた「図書館戦争」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/36582433.html ]の続編。前作に比べ、控えめだとかおとなしいだとかの評も見かけるが、個人的にはとても楽しい作品。前作に変わらず、もう少し深みが欲しいなぁと思わせる部分もあるが、読んでいる最中は、気にならず、は、レビューを書こうと振り返ったとき気付くくらいのもの。前作よりは格段に小説している。前作のような肉弾戦、銃撃戦がないことが、おとなしく控えめに取られるのかもしれないが、ドタバタ的な騒ぎが少なくなった分、より読み物としての深みは増した。こしかしドタバタがないと、図書隊の存在意義に関わってくるというのは痛し痒し。


主人公をはじめとした各登場人物が、前作に引き続きよりいきいきと書かれ、各キャラクターの持ち味を追うことが楽しい作品。新たに登場する手塚光の兄、慧も味のあるキャラクター。今後も何かと図書隊に絡んでいきそうで楽しみ。知人の女性は手塚と手塚兄の関係がお気に入りのようで「手塚のブラコン(=ブラザー・コンプレックス)」と、きゃあきゃあ騒いでいる。そして今回で消えてしまう(?)、柴崎に想いを抱く朝比奈光もいい味を出していた。胡散臭い登場の仕方は、そのまま胡散臭かった。柴崎なりの恋愛も可愛いい。
これらは前作同様、とても漫画的な設定。「漫画的」という言葉を使ったが、この作品の場合、悪い意味ではない。最近読んだ今年度の横溝正史賞受賞「ユグラドジルの覇者」(桂木希)の選評で、坂東眞佐子はこの言葉を「ステレオタイプの登場人物が交差して話を構成する漫画的な物語」と悪い意味合いで使った。しかし本作ではその「漫画的」な部分を、読者に違和感なく各キャラクターたちを受け入れさせる武器としている。さらに作品を進めていくなかで、ステレオタイプなキャラクターたちの人間が掘り下げられ、「人間」が描かれてきている。そういう意味で坂東眞佐子が人物をもっと書きこんで欲しいと述べた部分に合致しており、「漫画的」に緒を発してはいるが、成功している。ただ本作には、悪い意味での漫画的な要素が残されていないわけではない。例えば主人公である図書特殊部隊隊員笠原郁の寮での同室、親友である業務部の美人図書館員柴崎の情報収集能力。館内のあちこちに気を配り、密かに情報を収集するが、この情報収集能力は現実的に考えるとちょっとありえない。さらに集めた情報を、(それは信頼する仲間たちだけの間とはいえ)広げすぎ。本当に情報収集能力の高い人間であれば、情報の扱い方も心得ているはず。そう簡単には重要な情報を明かさない。いや、あくまでも「現実的に考えれば」の話しであり、物語や小説として破綻しているという訳ではない。しかし本作ではメディア良化特務機関という敵との二元論的な構図だけでなく、味方の側であるはずの図書館内部での原則派と行政派の政治的な抗争、確執という複雑な動きをも見せ、起こりうる、ありうるだろうリアリティーをさらに見せはじめている。このことを考えると、この先「漫画的」な部分と「リアリティー」のバランス、そこに生ずるだろう齟齬が気になるところ。勿論この作品の基本的なスタンスが、前作あとがきで作家が語った「月9」を狙った「お話し」であるということを否定しない。しかし一歩間違えば(って、言い方もなんだが)、より高みを目指せる素地があることもまた否めない。可能なら「お話し」に徹しきりつつ、なおその上を目指して欲しいというのは、読者のわがままな要望だろうか。そういう意味で柴崎の本作で明かされる設定が、次の物語に絡む伏線と知りつつも、やりすぎて破綻してほしくないと危惧するところである。
いやこの作家の場合、この言葉の遣い方や物語のバランスのよさを考えると読者が心配すること自体さしでがましいことなのかもしれない。この作家は巧い。間違いなく、これからも読者の期待に応えてくれるに違いない。


「両親攪乱作戦」
娘は普通の女の子に育って欲しい、そう願う笠原郁の両親が、職場訪問にやってきた。そんな両親に、特殊部隊にいることを内緒にしている郁。二日間のドタバタ劇。
※独立した娘をそっと見守り、そして娘が信頼する上司に娘を託す父親の物語。泣けるねぇ。


「恋の障害」
郁の上官である堂上の同期、小牧には、中途失聴者である近所の女の子、中澤鞠江ちゃんがいた。幼い頃から「小牧のお兄ちゃん」と慕う女の子。そんな彼女に、小牧が薦めた一冊の本が事件の発端だった。ある中途失聴者と健聴者の出会いの物語を描くその作品が・・。。
※鞠江に本を薦めたことが、障害者を差別した人権侵害行動としてメディア良化委員に糾弾、拉致される小牧。休みなしに続く揚げ足取りのような査問のなかで、鞠江を思い、耐える小牧。「あの子が自由に本を楽しむために。鞠江に対してだけ正義の味方でいられたら」。
当事者である鞠江を巻き込まないで欲しい。小牧の願いを守ろうとする堂上をはじめとする面々に「ばっかじゃない。そんな男の面子より、あとで知らされるほうが、女の子は傷つくんだから」乙女心爆裂の郁が言い放ち、そして走る。

多くの本読み人が語らずにはいられないこのシリーズ最大の魅力「乙女心」が前面に押し出された本書の代表作ともいえる作品。このエピソードで語られる作品「レインツリーの国」はコラボ企画として、実際に有川浩の手で書かれ、出版されている。先に読了していた「図書館内乱」より、先にレビューを書いてしまうほど素敵な作品[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/41669960.html ]。しかし、読む順番は本作を先にすることをオススメする。


「美女の微笑み」
前エピソードでメディア良化委員に小牧を引き渡した責任をとる形で、鳥羽館長代理が更迭され、新しく江藤新館長が就任した。四十代の若手ながらやり手との噂。そんななか、弦田隊長の友人、折口が記者を勤める週刊誌で、未成年者の犯罪についての供述調書の全文公開がなされることに。記事の内容についてそれぞれの思い、考えはあるものの、その雑誌をメディア良化委員から護衛する図書隊。そしてその雑誌の図書館での処置をめぐる、新館長の判断。
一方、図書館業務に当たる柴崎のもとに一人の男性が声をかける。
※恋を応援するかに見せかけ、自分の好きな男の子を柴崎から遠ざけようとする同じ図書館員の女友達の行動にうんざりする柴崎。しかし、幼い頃よりまわりに合わせることで波風を凌いできた柴崎は、不本意ながら利用者のひとり朝比奈光との食事につきあう。一方、やり手の新館長は絶妙なバランス感覚を見せつける。しかし、それは決して郁たちの欲する答えではなかった。


「兄と弟」
郁の同期で、郁とたったふたり新入図書館員で特殊任務部隊任命された手塚には、八歳上の兄がいた。図書館大学校を経て、図書館に配属され日本図書館協会の個人会員でもあった兄、慧は、図書館協会会長の長男として館界でも注目を集めていた。その慧がある日「図書館は中央集権型の国家機関になるべきだ」と言い始め、父親と諍うようになった。そして手塚が高校二年のとき家を出て行った。父と兄の対立と決裂は、手塚の家をずたずたにしていった。もともと神経が細かった母は心痛がひどく、長く通院するようになった。母の世話の傍ら、手塚の学生生活があったと言っても過言ではなかった。大好きで尊敬する兄であったからこそ、手塚の心には根深い傷が残された。
郁たちの勤める武蔵野第一図書館ではひとつの騒ぎが持ち上がっていた。図書館のホームページに、「図書館員の一刀両断レビュー」というコンテンツができていたのだ。それはある図書館員が作品を取り上げ、一刀両断に伐る、否定的なコンテンツであった。公共の図書館という機関がこういう内容をホームページに載せるのはいかがなものか。騒ぎは館の内外から持ち上がり、そして火の粉は郁にも飛び火する。
※このエピソードは続く「図書館の明日はどっちだ」に続くエピソード。前・後編のノリが特撮ファンはちょっと嬉しいスペシャル編。そして後編併せ、その期待に違わぬものであった。しかし、このエピソードで語られる「自分の好きな作品を人に伐られる痛み」については正直ドキリとした。決して誹謗や中傷をしているつもりはないが、辛口を自認し、好き放題書いているぼくのレビューに対して、今一度襟を正せと言われたような気分。自分のスタイルを変えるつもりはない。ただ、その本を好きな読者をも意識して、レビューを書いていこうと思った。


「図書館の明日はどっちだ」
図書館で、恣意的に特定の図書の隠蔽が行なわれていたとの会見が、江東館長によりなされた。「一刀両断レビュー」の執筆者、隠蔽事件の犯人、砂川の調査が査問会により行なわれていた。そんなある朝、郁に査問会から出頭命令が下った。砂川が共謀者に郁の名前を語ったという。ありえない!間違いです。思わず我を忘れる上官である堂上。そんな堂上の様子を見、信じてくれていることを嬉しく思い、査問会に臨む郁。
郁の査問会への召集は、また、図書館界のなかでの原則派と行政派の派閥の争いでもあった。堂上らが作ってくれた想定問答集を頭に叩き込み、査問会に臨む郁。しかし、きつかったのは査問会よりも、同じ図書館という職場の、あるいは同じ寮の仲間から疎外されることだったかもしれない。
そんななか郁は手塚の兄、慧に呼び出され、会いにでかけた。慧の抱く図書館の未来に関する構想を聞きながら、しかしその高度な政治的な戦略に、根本的な違和感を覚える郁。
「今ある自由をまず守ることが、私には正しいことです」
そんな郁に、今回の事件の真相を語る慧。そして郁への査問は唐突に終了した。
事件は終わったかのように見えた、しかし・・・・・・。
※うまい!こうした重苦しい事件のなかに、さりげなく恋のエピソードを忍ばせるあたり、さすが。手塚の兄、慧からの郁へ届く謝罪の手紙。そのなかにあった一言。まわりの皆が気づき、知っていた郁の王子様の正体が郁に明かされる、読者さえ赤面する瞬間。知恵熱が出るあたりも郁のキャラクターらしい。
一方、「残念ながら、あんたたちはあたしの逆鱗に触れたのよ」と、朝比奈を一刀両断にする柴崎の姿もいい。その美貌ゆえに本当の恋にほど遠かった芝崎が、ほのかな恋心をにじませはじめたエピソードだけにそれが悲恋で終わるのが巧い。尤も、本当に終わったと断言はできないのだが。


とにかくこの「図書館戦争」「図書館内乱」「レインツリーの国」の三冊、そして続くだろうシリーズは、物語・小説好きにオススメの作品だ。間違いない。


蛇足:この作品を読むと「機動警察パトレイバー」(ゆうきまさみ)という漫画であり、アニメーションであり、そして映画を連想する。近未来を舞台にした、レイバーと呼ばれる産業用ロボットを利用した犯罪を阻止する特車二課という警察組織の物語。それはまさしく「ありうる」「お話し」であり、リアリティーと「お話し」がバランスよく成り立つ世界であった。残念ながら本作で重要な(?)「乙女」の部分はほとんどないが、本作と近しいものを感じる。本作品の好きな方にはぜひオススメしたい。とくに映画1.2がよい。