パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々−盗まれた雷撃−

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々−盗まれた雷撃−」リック・リオーダン(2006)☆☆☆☆★
※[933]、児童文学、現代、ファンタジーギリシア神話、児童読み物


この数年、こども向けのファンタジーが大流行だ。ハリー・ポッターを契機にしたのか、児童書売り場にこども向けのファンタジーが山積みになっている。敢えて「こども向け」というるのは、どうもハリー・ポッターの二番煎じ、二匹目のどじょうを狙っているのか、こども向け書籍でのみ多く出版されているようだから。もちろんファンタジー自体、いわゆる大人向けの作品はあまりない。活字が小さく、ぶ厚い本もあるが、それでもいわゆるYA(ヤングアダルト)向け、中学生以上を対象にしているといえる。中学生が「こども」かと言えばまた論議があるだろうが、少なくとも「大人」とは言い切れない。
ひとつひとつ作品の中身を確認しているわけでないので、ひとまとめにくくって語るのは間違いだと思うのだが、やはりこの児童書のファンタジーの風潮はちょっと異常だ。ファンタジーは、自分で別世界を構築できるという意味で、物語を作るうえでの書き易さがあるのだろうか。しかし作家にとって都合のいい、お手軽に創られた世界が、ほんとうに読者を楽しませることができるのかは疑問だ。「指輪物語」のトールキンが「ファンタジーの世界」で語った、別世界に綻びができると、物語世界が破綻するといった危惧が残る。そしてぼくが目を通した最近の作品には、「お手軽」に書かれたのではと思わせるような作品も幾つか見受けられる。それがどんなに書き込まれた作品であったとしても、枝葉はあれど、根幹となるものがない。どこかの神話、説話、あるいはファンタジー作品の世界を借りてきたような別世界がそこにあるだけ。
ファンタジーについては語りたいことは多々ある。本格ファンタジーといわれる、ハイ・ファンタジーの世界。対するロー・ファンタジーの世界、エブリデイマジック。
レビューでも幾度か触れているが、ファンタジーという物語形式がぼくは好きだ。そのなかでもやはり別世界をきちんと構築しているハイ・ファンタジーが好きだ。映画「ロード・オブ・リング」で有名になったが、トールキンの「指輪物語」、あるいは、レビューでも触れたル・グゥインの「ゲド戦記」のシリーズ、スーザン・クーパーの「闇の戦い」シリーズ。作品を支える別世界をきちんと構築したうえでの物語、ぼくはこういう作品が好きだ。


そんなぼくが、図書館の児童書コーナーで出会ったのがこの本。「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」。タイトルから、ギリシャ神話をモチーフにしているなということが読み取れる一冊。しかし手をとった一番の理由は表紙が、かっこいいこと。モノクロを基調にしたポップでクールなイラスト。よくよく見ると高いビル(エンパイアステイトビル)をバックに剣を携えた少年が、ギリシア神話の怪物ミノタウロスと立ち向かう姿を、黒い表紙、グレイの背景、そして影をうまく利用して描いてある。
訳者は金原瑞人。それなら、間違いないだろう。作家は、ぼくは知らないがアメリカのミステリー作家らしい。「新感覚!ミステリ・ファンタジー誕生」と帯にあるが、ま、この辺は割り引いて考えよう。
正直に言えば、この作品をファンタジー作品と呼ぶのはちょと難しいかもしれない。どちらかというと、アニメやマンガの冒険物語にありそうな、仲間とともに進む冒険譚。RPG(リールプレイングゲーム)にありそうな、お使いの旅。それはそれでファンタジーではあるが。ギリシア神話をモチーフとした物語。落ちこぼれの少年が自分の出生の秘密を知り、自分が落ちこぼれでなく英雄であることを知る。そして世界を救うために、定められた期限までにどこにあるかわからない宝を仲間とともに見つけ出し、納めなければならない。行く手に立ちはだかる困難と立ち向かい、目的を果たす物語。
ありがちというか、いわゆる「貴種流離譚」タイプの物語。主人公、そして仲間が旅を通すことで成長する物語。ファンタジーとしての別世界の設定とともに物語を楽しむというより、純粋に冒険の旅と成長の物語だけを楽しむことを目的に読む本。もっともこの作品では「成長」をあまり感じない。ギリシア神話という設定の、この作品での生かし方(現実の人間との関わりの部分)に多少疑問はあれど、それは破綻するまでには至っていない。別世界の設定は、この本においてはエッセンスとして雰囲気、匂いを楽しむ程度にしか過ぎない。ただこれは、シリーズが進むと変わってくるかもしれない。あくまで第一巻は主人公の紹介作品。人間に近い多くの神々から成るギリシア神話を知っているとニヤリの部分は多い。しかしシリーズが(もし)この先進むなら、勿論この別世界の設定は必ず大事になってくるだろう。果たしてそのとき、この物語(シリーズ)の「別世界」に綻びが生まれないかどうかは、いまのところ予想もつかない。


問題児専門の寄宿学校ヤンシー学園に通うパーシー・ジャクソン、十二歳。難読症で、注意欠陥性多動性障害(ADHD)の落ちこぼれ少年。そんなおれが主人公。過去、その気もないのに起こした行動が大きな問題になり、いくつもの学校からクビを言い渡され、流れついたのがヤンシー学園。そしてここでもまた事件を起し、いや事件が起こり、クビになった。数学のドッズ先生が校外学習の美術館の一室で化け物に変身しておれに襲い掛かってきた。車椅子のプラナー先生が投げて寄越したボールペンが、青銅の剣に変わり、あわやというところで助かった。しかし皆のところに戻ると、ドッズ先生なんて知らないと誰もがいう。
夏休みにはいり、母さんのいる家にもどるためのマンハッタン行きの長距離バスでは、学校唯一の友人グローバーが一緒だった。前夜、ブラナー先生とおれのことをひそひそと話していた。足の病気で、歩き方のおかしいいじめられっこグローバー。そんなグローバーが、おれに助けが必要なときのためにと、夏休みの居場所を書いたカードを寄越した。グローバーの助けが必要?
家にもどると、「くさくさゲイブ」が仲間とカード賭博をしていた。「くさくさゲイブ」はおれの母さんサリー・ジャクソンの再婚相手。いや母さんは結婚しないで、おれの父さんと結ばれ、おれを生んだので、正確には最初の結婚相手。おれのほんとうの父さんはお金持ちで偉い人だったので、母さんとの関係は秘密だったらしい。そしてある日船で大西洋に出たきり、二度と帰ってこないまま。対するくさくさゲイブは、最低男。カビの生えたニンニクピザを汗臭い体操着でくるんだみたいに臭く、また電気店の店長のくせにいつも家にいる。代わりに母さんが外で働いている。金にうるさく、暴力もふるう最低なやつ。何で母さんはこんな男と結婚したんだ。
ゲイブを家に残し、母さんと出かけたロングアイランド先のモントークのコテージ。ふたりだけの旅だ。このコテージが母さんと父さんが出会ったコテージだという。そこで母さんはおれに、おれのために訓練所に行かなければならないと語った。そしてそれは永遠の別れを意味するのかもしれないと。
そんなコテージに、おれを家まで送ると言っていた、しかし途中でまいてきたグローバーがやってきた。五本指の代わりに、ふたつにわれたひづめのついた脚でもって。
グローバーは実はギリシア神話サテュロスであった。そして母さんと車でいっしょに出発した。目指すのは訓練所。しかしその途中、稲妻が車をとめミノタウロスが現れた。ミノタウロスに捕まり、母さんの姿は金色に光り、姿を消した。そして今度はグローバーを狙う。おれは戦い、ミノタウロスを倒し、そしてグローバーを抱えながら進んだ。
気がつくと、おれは訓練所にいた。そこには、ヤンシー学園でおれのことを気にかけてくれたブラナー先生がいた。ケイロンが本当の名だという。そしておれに説明してくれた、ギリシアの神々のことを。
ほかの唯一絶対の神とか、万物の神といった抽象的な神のことは知らないが、自然界や人間界を司る、オリンポスの山に住む、具体的な、たくさんいる不死身の神々は今も存在している。ケイロンが語りはじめた言葉に思わずおれは、それは科学で説明する前の作り話なのではないかと口をはさむ。「科学」そんなものは2000年後の人間から見たらどれほどのものだ、ばかばかしい。ともにその場にいたトラ柄のアロハシャツを着た、ケルビムのようなミスターDが反論する。神々が住まうところがオリンポス山で、オリンポス山は西洋の心、「西洋文明」とともに移動してきた。最初はギリシア、そしてローマ、そして今はアメリカ合衆国に、エンパイアステイトビルの600階にあるという。
そしてこの訓練所は、神と人間のハーフの集う場所であった。おれはいったい誰の子なんです?それはだれもが知りたがることであった。この訓練所で過ごしていれば、いつかそのときが来れば分かるだろう。そしてケイロンの本当の姿を知り、またおれの難読症ADHDが、神の子であるが所以であることを知る。
訓練所で知り合う、アナベスというアテナの娘である勝気な少女。彼女に連れられたのは、まだ自分が誰のこどもかわからない子たちの集められた、十一番コテージ。そこで出会うのがルークという青年。アナベスは密かに好意をもっているようだ。そしておれはルークから色々なことを教わる。
訓練所での生活のなか、ある日おれの本当のお父さんの正体がわかった。まさか、そんな。皆が驚き、おれを見る目が変わった。そしておれは冒険を命ぜられる。ゼウスの支配する雷撃(ライトニングボルト)が誰かに盗まれた。ゼウスとパーシーの父さんは仲が悪く、ゼウスはパーシーの父さんが王座を奪うためにパーシーに雷撃を盗ませたと思っている。夏至までに雷撃が戻らなければ、ふたりは戦争になるだろう。偉大な神々の戦争だ。それが巻き起こす被害を食い止めなければならない。
四つの意味深い神託を聞き、それぞれに過去の心の傷を負うグローバーとアナベスを旅の道連れに、おれの冒険の旅は始まった。果たして、おれは無事に雷撃を見つけ、ゼウスのもとに、約束の期日までに返すことができるのだろうか。消えた母さんを助けることができるのだろうか。そしてこの陰謀の本当の黒幕は、いったいだれだったのだろうか。



決して新しいタイプの物語ではない。しかしとてもよくできた物語。深みはまだない。しかし、おもしろおかしく読める。笑えたのは、同じ市内の図書館でこの作品が児童書でなく、いわゆる大人の書架、英米文学のところにあったこと。読み物として、大人でも少年の心で読むことができる一冊。決してオススメはしない。しかしこういう読み物を楽しみたい人には、読んでも間違いないと伝えたい。


蛇足:この作品にもあり、また海外の作品によく見かけるような気がするだが、こどものために母親が、経済的理由から乱暴な男と理不尽な結婚生活をしているというものがあるがこれはどうなのだろう。ひとつの真実の姿なのかもしれないが、どうもいつも違和感を感じてならない。とくに本作品において、とくに気になった。こどもを護るための、計算だけの愛情のない結婚だったの、お母さん?。
蛇足2:この作品は映画化予定だそうだ。しかし、どちらかというと長編映画より、30分のTVアニメで毎週放送のほうが似合う気がする。
蛇足3:シリーズ二作目が日本でも発刊されたらしい。