愛ならどうだ!

愛ならどうだ!

愛ならどうだ!

「愛ならどうだ!」新野剛志(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ハードボイルド、スラップスティック


※あらすじあり、未読者は注意願います。


正直、これはトカジ(戸梶圭太)かと思うようなスラップスティックなドタバタ劇。表紙のイラストにひきずられた気がしないでもないが、やはりちょっとぼくの思う新野剛志らしくなかったような気がする。いや、それほど新野剛志のことを知っているわけではない。自分のレビューをひっくり返して「FLY」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/1889633.html ]をなんとか見つけだした。「割と乾いたハードボイルドタッチな人だと、思っていたのですが、今回はセンチメンタルな部分もあり、個人的にはいまひとつ。」なんて書いている。「八月のマルクス」で江戸川乱歩賞を受賞。その際、小説を書こうと思いたち、二年間、家から失踪した。始発電車で眠り、ファミリーレストランで原稿を書いたというエピソードを披露していたことが、心に残っている。「もう君を探さない」「クラムジー・カンパニー」「罰」などを読んだ記憶はあるのだが、「罰」以外の記憶はほとんどない。図書館の書棚にいまも並んでいるので、再読しよう。
「罰」が少し苦いハードボイルドであったような記憶。そして、ぼくのなかで新野剛志という作家はそういう刷り込みがされている。
ある事件で出所してきた男が巻き込まれる事件。そこに色々な人間の思惑が絡む物語。本作品も決してこの作家の持ち味である、ハードボイルドの匂いがないわけでない。例えばヤクザからの金を受け取り、代償に摘発情報を流す二人の悪徳刑事のうちのひとり。あるいは、主人公の服役中、主人公の借りているマンションの一室を、依頼され管理していた主人公の知人。そしてちんけな泥棒である主人公。彼らを冷静に見つめなおすと、実はストイックにハードボイルドな生き方を貫こうとしている。しかし残念なことは、ハードボイルドのはずなのにどこかドタバタ感がにじみ出ていること。それもいい方向にではなく、まさに悪い方向に。それがぼくをしてこの作品は「トカジか?」と思わせた。トカジならいいのかもしれない、しかし新野剛志はトカジではないのだ。


警視庁西池袋署生活安全課に勤務する山岡は、ある日早く帰宅した自宅で、空き巣の遭遇した。警官の家に空き巣に入るとは、自転車に乗り逃げる犯人を追いかける山岡。しかしすんでのところで逃げられてしまう。警部補昇任試験を控えていた山岡は、しかし自宅に空き巣が入られたことを警察に通報しなかった。なにがしかの現金だけの被害で済んだ。昇任試験には何が減点になるかわからない。そう思い、書斎で試験勉強を始めた山岡は、ふと机の抽斗にしまっていた通帳がなくなっていることに気づいた。盗まれた!あれが犯罪者の手に渡り、何かのはずみで警察に押収されたら身の破滅だ。あわてて犯人捜しを始める山岡。近所の聞き込みのおかげで犯人の乗っていた自転車の防犯登録の番号がわかった。そこから犯人に辿り着く山岡。しかし犯人の家に着いた山岡を待っていたのは、一足違いで逮捕をされて犯人、井掘に留守を頼まれた杉本という男だった。よりによってデート商法の女セールスマンを殴り、傷害の罪で逮捕されたという。
一年半というときが流れた。刑務所を出所した井掘は、泥棒の同業で親友の杉森にキャッシュカードで通帳を預け、自分の部屋を管理してもらっていた。マンションの部屋代の残りが口座に30万円ほど残っているはず。杉森に連絡をとり、キャッシュカードを返してもらおう。しかし、杉森に連絡がとれない。自分の部屋に辿り着き、鍵を開けようとしたが鍵が合わない。仕方なくベランダから忍び込んでみると、そこには見知らぬ女がいた。矢口ユリと名乗るヘルスに勤めるというその女は、杉森の紹介で井掘の留守宅に住まわせてもらっているという。
家主が帰ってきたのだから、部屋を出てってくれ。井掘の言葉に、私も三万円払っているとユリは語る。杉森に裏切られていたのか。さびしく思う井掘。しかしその頃、杉森は事件に巻き込まれていたのだ。
そんな井掘の様子を車から観察するのは、山岡と、山岡と同じく迫島組の八巻から金をもらい、摘発などの情報を流す刑事、斎賀。井岡に盗まれた山岡の通帳には、八巻からの入金記録が記されているのだ。なんとか取り返さないと山岡だけでなく斎賀も身の破滅だ。井掘がやっと戻ってきて、やっと解放される、そう思う二人の目の前に元迫島組の篠宮寛の弟、篠宮誠を先頭に三人組の男が井掘の部屋を訪れていった。どういう関係だ。
井掘の部屋を訪れた三人組は、杉森を探しているという。金を持ち逃げしたという。そして井掘に、ユリを人質に、杉森を探して来いと命令した。ユリは俺の女じゃない、関係ない。そういういう井掘に暴力で言うことを聞かせる男たち。井掘はツッパるのは三発までと決め、無駄な抵抗はしない主義だった。杉森は必ず連れてくる、それは男たちのためでなく、自分の生活のためだ。
杉森の行方を捜す井掘は、ユリがストーカーに悩まされていたところを杉森に手助けされ井掘の家に転がり込んだことを知る。なぜ杉森は、自分の女でもないユリに手を差し伸べたのだろう。不審に思う井掘。杉森の行方をつかむことなく部屋に戻った井掘を持っていたのは、ユリとセックスをしようとする篠宮誠の姿だった。思わずバットで殴りつける井掘。
ユリとふたりで逃げる井掘は、いつの間にかユリに惹かれている自分に気づく。寝てもいいよというユリに、頑なに不器用に、お前が俺のことを好きになったらなと答える井掘。そして逃亡中の喫茶店で見た新聞で、杉森が何者かに殺害されていたことを知るふたり。
いっぽう、山岡と斎賀は井掘に何が起きたのかわからなかった。篠宮は通帳に関わっているのか?斎賀が忍び込んだ井掘の部屋には、ボコボコにへこんだ金属バット、傷だらけのテーブル、そして男性のブリーフと、トランクスが脱ぎ捨てられていた。いったい何が起きているんだ。
杉森の殺害現場である、廃ラブホテルで杉森に別れを告げる井掘。しかしそこで篠宮たちと出遭い、捕まってしまう。井掘のした暴力に対する落とし前を含め、井掘は島森がしようとしていた篠宮たちの計画に乗ることになった。それは篠宮(兄)を破門にした迫島組への復讐であり、そしてまた大金を手にする計画だった。果たして井掘は、篠宮たちの計画を実行し、完遂することはできるのか。いっぽうの山岡、あるいは斎賀は無事、井掘から通帳を取り返すことができるのか。そしてユリに忍び寄るストーカー男の影。
井掘というケチな空き巣、しかし自分なりの生き方を持つ男を中心にした、スラップスティック、クライム・ノベル。果たして勝者はだれなのか?


自分の処することのできるお金を百万円くらいだと認識し、いい大人の癖に好きになった女には自分を好きになってくれなければ手を出さないという、やせ我慢のような生き方を貫く井掘。摘発情報を流し、ヤクザから金をもらうが、金をもらうことが本当の目的でない、実は家族にないがしろにされ、振り回されている中年男の悲哀を湛える山岡。しかし彼は、刑事としての矜持を捨てているわけでない。
そんな頑なにささやかな自分の生き方を持つふたりの主人公の物語なのに、作品がハードボイルド足りえてないのが不思議。ドタバタ感が強すぎる。しかしドタバタに徹するわけでもない。決しておもしろくないわけではないが、オススメするほどの作品たりえていない。また多少、冗長な部分もある。
振り返れば素敵な主人公たち。そしてまたユリというヒロインのちょっと丁寧な言葉遣いにも魅力を感じる。自分勝手な性格もリアリティーがあるあった。そう考えてみると、この作品、もう少しなんとかならなかったのか。残念。


蛇足:しかし、好きな作家のひとりとして名前は記憶にあっても、作品が全然思い出せないのは困ったもんだ。やはり読んだあとに記録をつけることは意味がある。え?自画自賛?(苦笑)