芥子の花−金春屋ゴメス−西條奈加

芥子の花 (金春屋ゴメス)

芥子の花 (金春屋ゴメス)

「芥子の花−金春屋ゴメス−」西條奈加(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、近未来、小説、ファンタジー、江戸、日本ファンタジーノベル大賞、芥子


悪くないのだけど、特別よくもない、小品佳作。第十七回日本ファンタジーノベル大賞受賞作「金春屋ゴメス」http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/31909833.html の続編。サブタイトルにも「金春屋ゴメス」の名前が見える。金春屋ゴメスとは、近未来日本の国のなかに出来た「江戸」国の長崎奉行の仇名、通り名。その響きもおどろおどろしいが、その姿も体躯も怪物めいており、江戸の人々に恐れられる女奉行である。
物語は前作でゴメスの許に身を寄せることとなった辰次郎を主人公として進む。


禁制の品、阿片が江戸から日本をはじめとした海外に出回っているという。老中、田安右衛門督綱重から呼びつけられたのは南北町奉行長崎奉行の計四人の奉行。南町奉行、真鍋筑前守是也、北町奉行、筧因幡守末森、長崎奉行二名、金春屋ゴメスこと馬込播磨守寿々そして粟田和泉守秀実。
上質の阿片が亜細亜各国に出回っている。その成分を調べた結果、どうも江戸産のものらしい。日本国から探索依頼が来ている。この江戸国は法も政(まつりごと)も日本に干渉されぬ独立国であるが、いまだ日本の属領であるという微妙な立場。列強の諸国が殊更目くじらを立てる阿片に関わったとあればたちまち槍玉にあげられる。
老中の言葉も終わらぬうちに北町奉行、筧は、長崎奉行を揶揄する。対するゴメスも売られた喧嘩に啖呵を切る。
町奉行長崎奉行は各々の職務がきっちり線引きがなされている。町奉行は治安維持から経済に至るまで、江戸市中の揉め事を一手に引き受ける役所であり、対する長崎奉行は、交易の監督や異人の監視など、水際にて異国との諸事を捌く役目になる。本来は殊更角突き合わせる間柄にはない筈が、筧とゴメスの確執は根深いものがあり、顔を合わせるとぶつかってばかりいた。そのとばっちりはゴメスの部下たちに及んだ。腹心の部下であった十助が、旧友の辰次郎の父親の江戸への入国と引き換えに、娘の住む日本へ出国して以来、ゴメスの機嫌をうまくとる微妙な間や、気働きができるものがいなくなった長崎奉行所の出張所、旨く安い飯を食わせる一膳飯屋「金春屋」の裏にある通称「裏金春屋」の面々は、今日もゴメスの不興に触れ、傷だらけであった。とくに今日は北町奉行とのいざこざがありゴメスの機嫌もさらに悪い。そんなときに辰次郎が戻ってきた。病気の父親の面倒をみるために、ゴメスに暇をもらい田舎に引っ込んでいた辰次郎だが、父親の具合が悪くないのでもどってきたという。飛んで火にいる夏の虫、それとばかりに、辰次郎を親分の世話係にしようとする裏金春屋の面々。辰次郎の戻ってきたこと、そして世話係の件を告げに言った席には見目麗しい女性の姿があった。栗田様からの紹介で十助がいなくなったあと、ゴメスの御側勤めとしてやってきたという三芳朱緒。その言葉を襖越しに聞き、喜ぶ面々。しかしゴメスは女は殴れないから駄目だと断る。私は殴られても平気です。朱緒の言葉にゴメスの立ち上がる気配がした。次の瞬間、想像もつかないことが起こった。ゴメスが朱緒に投げ飛ばされた。
かくして裏金春屋の仲間となった朱緒。しかし彼女は悲しい過去があった、家を継ぐためにまとまっていた縁談を破談していたのだ。
そんなある日、辰次郎、そして裏金春屋で辰次郎とともに働く松吉とともに日本から江戸に入国した、いまは神田の織屋で機織をしている奈美が金春屋に遊びに来た。烏森稲荷で異国市があるついでに寄ったという。奈美のことを憎からず思う松吉であるが、一緒に異国市に行こうしたところに仕事に呼ばれてしまう。奈美とふたりで出かけ、松吉の恨みを買うのを避けようと辰次郎は朱緒も誘い、三人で出かけることにする。
三人が異国市で出会ったのがビルマの麻衣椰(マイヤ)の民が住む麻衣椰村のサクという少年であった。この少年との出会いが、禁制品阿片の密輸出、そして江戸の転覆を狙う陰謀とつながるのことになろうとは。
果たして、ゴメスは、辰次郎は、あるいは朱緒は阿片事件の真相を暴き、江戸国の存続を守ることができるのだろうか・・。


正直、おもしろくないわけではないが、それだけ。近未来の「江戸」という架空の国を舞台にし、ゴメスをはじめとしたお馴染みの面々が演じる捕り物劇。いうならば、「水戸黄門」であり、「大岡越前」あるいは「遠山の金さん」。予定調和の時代劇のように安心して読める物語。それを悪いというわけではないが、それ以上の何かを感じることもできない。歯がゆいのだ、せっかく近未来の「江戸」という架空の国を創り上げておいて、いわゆる「時代劇」しか描けていないことに。本作品では「江戸」につながる外の世界を予感させており、次回作にはその辺を踏まえた「江戸」国の有り様が描かれるのではと期待するのだが、どうなのだろう。
男尊女卑を貫く北町奉行、筧とゴメスのやりとりも、根の深い確執のようで、実はそうでないというのも中途半端。もっと筧の立場での男尊女卑の見方と、ゴメスの考え方の対立を描き、それぞれの考えが読者に納得のいくものであって欲しかった。認め合いながら、しかしどうしても相容れない二人という書き込みが欲しかった。
また本作から登場する若い美貌の女性朱緒と辰次郎の関係もとってつけたよう。裏金春屋の仲間の言葉がなければ、ぼくは気づかなかった。その辺りの描写も不足している。予定調和の物語の形式を踏んだことで、説明不足であっても許されるではないと思う。
悪くはないんだけど、中途半端。物語をもっと大きく広げる素地を持つだけに、ぼくは残念で悔しくてたまらない。
人類が月で棲むことのできる時代の「江戸」国の物語。やはりその時代をもっと活かした物語にしないのならば、敢えての「江戸」国の意味はないのではないか。


次回作に、そしてそれはもしかして最終作(?)に期待したい。