ありふれた魔法

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「ありふれた魔法」盛田隆二(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、恋愛、中年


※詳細なあらすじとネタバレあり。未読者は注意願います


本当に「ありふれた」お話しであった。タイトルの「ありふれた魔法」はスピッツの楽曲からとられており、恋するふたりが不思議なシンクロニティ(同一の偶然)を経験することを歌ったものらしい。まぁ、簡単に言えば「恋は盲目」(笑)。
中年サラリーマンが若い部下の女性と恋をする物語。波乱はあるが、最後はなんとか無事着地する。こういう物語、好きな読者はいる。とても都合のいい物語。中年男性にとって、まさに大人の御伽噺。もちろんぼくだって、同じ中年男性。この作品のように、若く美しく聡明な女性と、家庭にも、会社にも内緒で、ふたりだけの他愛ないおしゃべりと、秘めたほのかな想いを抱えた素敵な時間を過ごせるなら、それは楽しいと思う。一服の清涼剤のような時間。それはきっと、内緒、そしてほのかなうしろめたさというスパイスも大きく効く。しかしそれまでの作品、それ以上のものはない。正直、予想どおりのつまらない作品を読んでしまった。


秋野智之44歳、城南銀行五反田支店次長。妻と三人の子どもがいる。妻は元同じ銀行に勤めいた二歳年上の姉さん女房。まだ幼い一番下の子が赤ん坊のころより病気がちで、その分妻の手がかかるが、幸せな家庭。支店では次長を務める。それは同期のなかでは出世が早いほうであった。しかし支店長の三田園は、東大卒の本部採用エリートで半年前39歳の若さで支店長に抜擢されている。智之自身も優秀なほうであるが、しかし三田園たち真のエリートとは住む世界が違う。そんなどこにでもいるような中間管理職である智之がふとした弾みで、恋に陥る物語。
大学卒の総合職として法人営業を三年経験し、五反田支店に配属されて一年の、渉外課の森村茜が、ある日智之の席にやってきた。顧客を怒らせてしまったので謝罪に同行して欲しい。彼女はある資産家の社長とのアポイントメントをとろうとして、社長の秘書に教えてもらった自宅に電話をしてしまったという。家にいるはずの社長は不在で、翌日、怒りの電話がかかってきたという。そして謝罪に来るなら今夜と言われた。行く先は社長の別荘のある箱根だという。家族との約束を断り、謝罪に同行する智之。箱根に向かうロマンスカーで酔っ払いに野次られ、先方で招待された小料理屋の女将に、お似合いと言われ。それがきっかけだったのだろうか。
頑な固い表情で仕事をする茜の職場での姿しか知らなかった智之は、お酒も入ったせいだろうか、無事謝罪の仕事を終え、緊張を解くような茜の姿を見て、胸がつまるような息苦しさを覚えた。頑張ったね、と声をかけるだけでなく、彼女をそっと抱きしめてあげたくなった。そんな智之に、先方の社長にこれらの誘いに「重荷になりますよ、こんな子ども」とうまくあしらった茜は駅での別れの際に、「重荷にならないように気をつけます」との言葉を残していった。
その後、茜に対するある行員からの執拗なメールに対する相談に智之がのり、あるいは智之の年頃の娘、鈴花についての相談を茜に持ちかける智之。そんなことをきっかけに、二人の仲は急接近していく。会社の人間に知られないように会社から離れたところを選び、定期的に二人で食事とお酒を楽しむ日々。それはまさに秘密のデート。そしてまた、ひょんなきっかけで潤沢なデート資金を二人は手にいれた。中年サラリーマンである智之にとって、限られたお小遣いを気にしないでデートを楽しむことができるようになった。ふたりだけで過ごす、会社と家庭の狭間の秘密の、そして楽しい時間。しかしそんな幸せは長く続くわけがなかった。
それはたった一度の過ちだったのかもしれない。しかし、茜ともにラブホテルに入っていく写真が撮られ、家に送られた。それは智之が融資を断った会社の社長の逆襲だった。
懲罰的な人事で、地方に異動を命じられる智之。しかし単身でいくより家族で一緒にいることを選ぶ智之。それは退職という選択だった。
退職した智之は、壊れかけた妻との仲もなんとか修復でき、また銀行で良くしてやった取引先、成長著しいベンチャー企業に新たな職を得ることができた。
そして、最後に茜ともう一度会う智之。それはすべての夢が、魔法が解ける瞬間・・。


妻子ある中年男性が部下の若い女性とふたりだけの楽しい時間を過ごす物語。たった一回の過ちが生む波紋。しかし、まぁ、それだけの話。確かに作家の書く、聡明な若い美しい女性に、ぼくも魅了され、どきどきし、主人公を羨み、あるいは自らを投影し、楽しむことはできた。しかし、本当にそれだけの楽しみしかない。それだけで充分という読み方もあるだろうが、ぼくは不満が残る。後先をあまり考えずに銀行を去った智之に、伏線は確かに張られていたが、都合よく再就職先が見つかるなど、とにかくとても都合がよいお話し。お話しがまさにお話しであっても、さらに何かを得るものがあるならまだ評価は違うかもしれない。しかしこれダメでしょう。
読んでも、読まなくてもよい作品。オビにある「リアリズムの名手」は間違いないと思うが、現実を写し取っただけの作品では感動もない。もちろんオススメはしない一冊。いや楽しかったけどね。