シンデレラ・ティース

シンデレラ・ティース

シンデレラ・ティース

「シンデレラ・ティース」坂木司(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、推理、デンタルクリニック、連作短編、ワトソンタイプ、アームチェアデティクティブ


※ネタバレまでいきませんが、あらすじあり。未読者は注意願います。


小学生の頃のトラウマで歯医者が苦手な19歳の大学生二年生、サキこと叶咲子。一人娘でおおらかにのびやかに育てられ、少しおっとりとした素直で小粒な性格な普通の女の子。友人のしっかり計画性を持ち現実的なヒロちゃんと、来年の三年生の生活を話し、夏休みはバイトをすることに決めた。ヒロちゃんは沖縄に泊まりこみでバイトをすることにした。サキは近場でのどかな職場を探すことに。
そんなサキに、母親からバイトの紹介が舞い込んだ。知人の職場で受付嬢が急に辞めてしまい、つなぎのバイトを探している。提示された条件もよかったためひきうけたバイト先は、なんと歯医者であった。しまった、ママにひっかけられた。「品川口クリニック」と書かれたメモは実は「品川D(デンタル)クリニック」だった。あわてて引き返そうとしたサキを呼び止めたのは母の弟である唯史叔父だった。40代前半の恰幅のいい、子供の頃から子供目線で話しかけてくれるやさしいおじが歯医者だということは知っていたけれど、まさか叔父の職場だったとは。
唯史叔父をはじめとし、歯医者をサービス業のひとつと考え、お客様中心のクリニックを経営しようとする、少しセクハラ気味の品川院長、技術が確かでスピーディーな成瀬先生、歯科衛生士は色気たっぷりの姉御肌三ノ輪歌子さん、色白で優しそうな美人の中野京子さん、童顔アニメ声の春日百合さん、明るくハイテンションな他の人と違い、一番クリニックにいて自然なタイプ、ぴりっとした雰囲気の窓口業務担当の葛西瑞枝さん、そして影の薄いオタクな歯科技工士の四谷謙吾さん、そんな面々の品川デンタルクリニックでの、サキのひと夏のアルバイトの物語。
五つの連作短編からなる一冊。本作の「探偵役」は、いつも石膏の粉まみれの四谷さん。サキと四谷さんのロマンスもあり。


「シンデレラ・ティース」
母親にだまされ、歯医者の受付でアルバイトをすることになったサキ。ある日、患者の恋人と思われる男性が乗り込んで「いったい治療にどのくらい時間をかけるんだ。強い薬は身体によくないだろ」と文句を言ってきた。いわれるような事例に覚えはない。その真相は?
「ファントムVSファントム」
電話で歯痛を訴え予約をしてきた電話応対のとてもよかった男性は、実際にクリニックに来てみると、とてもつっけんどんで、無口な初老の男性だった。治療の際もなかなか口を開ことしない難物だった。そんな男性が、夏風邪をひいたというサキに優しいそぶりを見せる。
男性にクリニックを紹介したというかってその男性の部下であった患者は、とても優しい人だったのに、急に変わってしまったという。その真相は?
「オランダ人の買い物」
クリニックのおやつを買いに出かけたサキは、帰り道夕立に降られ、とある軒先で雨宿りをする羽目に。そこで同じように雨宿りをする男性と知り合う。昭島というその男性はクリックに顔を出し、治療を口実にサキを誘おうとする。一方、クリニックには飛び込みで恰幅のよい年配の男性とその秘書らしき男性が入れ歯を作ってほしいとやってきた。治療の問診表さえ、秘書に書かせるその男性は、あろうことか診察室まで秘書と二人で入り込み・・。
昭島という男の登場により、四谷さんとふたりで映画に行くことができるサキ。
「遊園地のお姫様」
ある日の夕暮れ時、クリニックに飛び込んできた、若い女性。中学生、いや高校生くらいか。四谷さんをけんちゃんと呼び、唯史おじさんをたっくんと呼び、ふたりにやけに親しげな態度をとる女の子は院長の孫娘、品川知花。部外者の疎外感を感じ、落ち込むサキがふと見かけたのは四谷さんと知花が街路脇で顔を近づける姿だった。つきあっているわけではない、でも何度もふたりで出かけたのは。四谷に対する自分の本当の気持ちをきちんと認識するサキ。
四谷さんと知花のふたりのほんとうの関係は?
四谷の仕事への想いを生んだできごと。そしてクリニックのお姫様、知花の恋の真相とは?
フレッチャーさんからの伝言」
夏休みだけのアルバイトということではじめたクリニックでの受付業務もあと数日を残すばかり。そこへ多忙で寝る時間もないという長沼という患者が現れた。初回から遅刻をし、言い訳をする長沼は、二回目も遅刻をし、遅刻のお詫びにとお菓子を持って現れた。お菓子を買う時間があるなら、遅刻もしないはずなのに。そういえば徹夜続きというのにフットサルをしたとか、いつもきれいな服装でやってきたりと、言っていることとチグハグなことが多い。
患者の遅刻はそのままスタッフの昼休みの時間に影響する。短い時間でも食事さえとれる時間があればいいと言う唯史おじさんに、歌子さんは「フレッチャーさんに叱られますよ」と答える。フレッチャーさん?
そんなとき、四谷の代わりになるという新しい歯科技工士がクリニックに現れた。四谷は留学するという。留学の話を四谷から聞かされていないサキ。
そしてアルバイト最後の日、サキは小学校以来の診察を受けることにした。長沼さんと一緒にお願いします。サキが気づいた長沼さんの持つ秘密とは?


あたたかな人々の、あたたかな想いが根底にある、あたたかな日常と、そこに潜む謎を描くことを得意とする坂木司の新作。今回は舞台を歯医者とし、歯医者ならではのエピソードで物語を綴る。またこれまでの男性二人組の友情の物語と変わり、女性主人公をワトソン(語り手)に置き、男性探偵とのほのかな恋の物語を加えた、やはりお馴染み日常の謎系のアームチェアデティクティブ(安楽椅子探偵)の物語。
いままで同様、大作でない、あたたかな佳作。ほんのりとしたあたたかさと、そして涙を誘うひとの優しさが充分に書かれ、この作家の確立した持ち味を見せてくれる。
しかし、反面、予定調和の物語に過ぎず、明かされる日常の謎も驚きに欠ける。従来のBL(ボーイズラブ)を連想させる男二人組みを、男女のカップルにしたことも、決して成功とは思えなかった。いままでは信頼が根底にまずあることが前提の二人の物語が、今回は物語を通し近づく二人の物語に変質していることが違和感の原因かもしれない。さりげなくおかれた些細な出来事のエピソードでふたりの恋を描くのだが、予定調和として読むぶん、ひっかかりはないのだが、いまひとつ深みにかけているのかもしれない。
いままでの作品同様、悪くはない。しかし決してオススメとまでいえるほどの力はないと思う。
あと各短編のタイトルが、深すぎるのかしっくりこない。


実は坂木司は三部作の三部である「動物園の鳥」(はやく一部、二部を読め!だ(笑))、「切れない糸」http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/12129392.html に続く三冊めとなるのだが、最初に読んだ「動物園の鳥」の最後に受けた感動は忘れられない。ありがちなエピソードなのかももしれないが、思わず涙するほどの人の成長があった。本作も歯医者コンプレックスを乗り越えるひとりの少女の姿があったとは言え、やはり「動物園の鳥」には敵わない。


蛇足:歯医者の怖さといえば、映画「マラソンマン」で麻酔なしで歯の治療をされるエピソード、ミュージカル「リトルショップホラーズ」で、自分に笑気ガス(麻酔)をかけて治療するマッド・デンティストが思い出される。怖くはないが、マンガで「Dr.クージョ危機一髪」(星崎真紀)なんてコメディーもよかったなぁ。まさに蛇足。
蛇足2:あとがきによれば、本作のカンバセーション・ノベルとしてサキの友人ヒロちゃんを主人公とした物語が用意されているらしい。本作で少し触れられている、沖縄という地での泊り込みでのバイトの日々の物語か。ちょっと楽しみ。沖縄ならではのエピソードが書かれることを期待したい。