一瞬の風になれ3-ドン-

「一瞬の風になれ3-ドン-」佐藤多佳子(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、青春、陸上、少年


さていよいよ三部作の最終巻。三部作というより、三冊でひとつの物語。前巻のレビューでこの作品の構成を「起承転結」と書き、前巻を「承・転」としてみたが、語感からすると「序破急」の三部構成のほうがぴったりくるか。最終巻である三巻のその軽やかな加速のような物語の進みは「結」という言葉より「急」という言葉のほうがぴったりくるような気がする。いやあくまでもこれは語感と、物語の進みを振り返ってみた場合であり、物語の構造について(今回は)論ずるつもりはない。


気持ちよい小説だった。マンガのような予定調和の物語といってしまえばそれまでなのかもしれない。しかしサッカーで一度挫折を味わった主人公新二が、幼少のころから敵わないと思っていた友人、連とともに陸上という新しいステージで、少しずつ選手として、そしてひとりの人間として成長していく姿はとても好ましいものだった。物語は高校一年から三年という「高校生活」という貴重な期間を、「部活」という人と人の触れあいの場を舞台に描く。
陸上という競技が基本的に「個人」種目のなかで、新二が、いや新二を陸上のステージに引っ張り込んだ幼少からの友人、連があくまでも新二との「かっけこ」をその根っことし、しかし人と関わりあい、自分中心の世界から仲間の世界に入り込む。あるいは新二自身もその連の背中を追いかけ、ひとつひとつの走りを大事にしながら成長していく。人と人の触れあいを通じ成長している様子が描かれればこその青春小説であった。そして作品の最後は青春小説の常套として、このあと広がる世界を予感させることで終わる。中途半端な終わり方かもしれない。しかしこの物語においては、これで終わることも予定調和であろう。新二の物語のこの先は、読者の想像のなかにある。先をもっと知りたい、読みたい。思いはある。しかし潔くこの先を読者に委ねることで、作家は気持ちよい余韻を読者に与えた。このさき新二を待つきらきら光るコースをぼくらは想像するのだ。


いまさら、この作品のあらすじを追うことは意味がないだろう。しかし敢えて、備忘録として簡単に記しておく。


交通事故で右膝を痛めた大好きな兄、健ちゃん。一時の心の荒れを乗り切り、手術を受けることを決めた。その先には長い苦難があるだろう。しかし健ちゃんは「前と同じにできないこともあるかもしれない。でも、それでも、前よりもいいプレーをする。あきらめない。俺はあきらめない」自分に言い聞かせるように語った。
しかし何気ない口調で呼びかけられた一言は新二の心に刺さった。「新二」「怪我するなよ」
別の競技とは言え、同じスポーツという世界を選んだひとりの男として認めてもらった。そのことをもっと早く気づくべきだったのかもしれない。俺は走る。そう心に誓う新二だった。
春の合同合宿では、陸上部の顧問であるみっちゃんが、恩師である鷲谷高校の名将大塚先生にとんでもないことを言い出した。「今年は4継、鷲谷に勝ちますよ。100mも、総体の決勝で勝負しましょう」「一之瀬か?」尋ねる大塚先生に「一之瀬と神谷です」。ハッタリは言わないというみっちゃんが語る「デカい夢」。
高校三年生になり新しい新入部員鍵山を迎えた春高。鍵山は才能はあるが、性格に多少難があった。波紋を呼ぶ新入部員。部長として新入部員に対して気遣いを見せるいっぽうで、新二は次々と大会に出場し結果を残していく。
部活動の仲間との交流を通しながら、一本ずつ、しっかりと踏みしめていくように成長する新二。そして新二が辿り着く先は・・・。


作品は例えば、厳しい練習のなか体中のエネルギーを使い果たし完全燃焼して、動けなくなる新二の姿、あるいは結果を求めるのではなく、同じ仲間として4継を走ってきた根岸と走りたいという思いと陸上部として目指すべき姿の葛藤、あるいはマイルと呼ばれる競技でのアクシデント、幾つものエピソードが交えられ進む。あ、忘れてはいけない新二と谷口の微笑ましくも不器用なロマンス。
しかし物語の本筋は、新二が走ること。主軸はそこにある。友人である天才スプリンター一之瀬連と違い、不器用に一本、一本を噛み締め、踏みしめるように走り、成長する姿。
まさに「お話し」のように、最期は頂点に辿りつこうとする新二。その姿を「お話し」と言い切ってしまうのも決して間違いではない。結局は才能がある男のドラマ。そう言い切ってしまうのも間違いではない。
しかし、才能あふれるライバルたちの間で劣等感を抱きつつ、一歩一歩成長していく新二の姿は、確かに「何も持たない」われわれの心に共感を抱かせ、また感動を呼んだ。とてもわかりやすい物語である。だが青春小説の一番のポイントは、誰にもわかりやすく共感を呼ぶこと。それは多くは成長というものを最大の特長とし、また魅力とするものだと思う。


この作品が名作たりえたか、どうか。それは非常に難しい問題である。しかし少なくとも楽しく、そしてはやる心で読み進めた。おもしろかった。これがこの本に与えるぼくの評価である。オススメの物語!。


蛇足:しかし、実は健ちゃんのその後とか、谷口とのその後は、もう少し触れて欲しかったという思いは残る。とくに谷口との不器用なロマンスは、ね。