ピース

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「ピース」樋口有介(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、秩父、田舎

前作「月の梯子」http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/27331506.html を評したとき「青春ハードボイルド(?)の雄、樋口有介はどこへ向かおうとしているのだろうか」と述べてみたが、本作もまったく同じ言葉が当てはまる。読み始めてまず思ったのは、なんて古臭いミステリーだろうということ。

秩父の町にある場末のバー、ラザロというスナックに集う人々。60を過ぎたぎょろりとした目のマスター八田、八田が連れてきた彼の甥だという梢路、アルバイトの珠枝、そして昼間は主婦や子供にピアノを教えている東京から流れてきたピアニストの成子、常連の写真家小長克己、セメント会社の技術者山賀清二、秩父新報というミニコミ誌に近い地元紙の41歳バツイチ記者香村麻美、そして店のだれとも親しく話す姿を見せないアル中と評判の美人女性大生、樺山咲といった面々。ただ淡々と静かに酒場で過ごす人々の姿から物語は始まる。
物語はピアニストである成子の死から始まる。長瀞で発見された彼女の死体は、同じ埼玉県の寄居町で起こったとある歯科医の殺人事件と同じようにバラバラ死体として発見された。
定年をあと二年に迎えた県警の巡査部長坂森がこの事件の担当となった。秩父で生まれ育った彼は、しかしその年齢とともに実家とも疎遠になっていた、しかし染み付いた方言はこの事件の担当となったときに自然と口から流れて出ていた。「はぁ」「ほうけぇ」。

秩父という平和な田舎町で起こった、連続バラバラ殺人事件という驚愕すべき事件を扱う作品でありながら、樋口有介の静かな筆致は、物語を坦々と綴っていく。樋口有介といえば、ユーモアとシニカルを織り交ぜた軽妙な筆致がその特長であり、大人を描いていていても、それはともすれば大人になりきれない大人を描く「青春ハードボイルドの雄」であると思っていた。それだけに、この作品の始まり、そして綴られる物語は老練な手だれた小説家のそれのようであり、ぼくの知る「樋口有介らしさ」とはまったく違うものであった。正直に言えば、読みづらい小説であった。大きな事件のはずなのに淡々と静かに語られる。この作品の行き着くところはどこなのだろう。そう思いながら、正直に言えば、かなりの違和感を覚えつつ我慢しながら読み続けていた。

あぁ、やられた。
物語はほぼ後半も半分も過ぎたころだろうか、この物語の転機は訪れる。なるほど、そういうことだったのか。「ピース」というタイトルの意味がここにあったのかと、唸らされた。とても凡庸なタイトル。本書のオビには「連続バラバラ殺人事件に翻弄される警察。犯行現場の田舎町に<平和>な日々は戻るのか。いくつかの<断片>から浮かび上がる犯人とは。陰惨な連続殺人は<ピース>によって引き起こされた?!」。なるほど「<ピース>によって引き起こされた」事件。なるほど<ピース>か。

警察の懸命の捜査に関わらず、連続殺人事件については一向に解決の目処が立たなかった。同じようにバラバラにされた被害者ふたりの共通点は何か。その共通点を見出すことがまず第一。被害者ふたりの共通点はともに東京にある。大勢の捜査官を投入して捜査にあたる警察。しかし第三の被害者が現れた。今度の被害者は田舎町を一度も出たことのないような、いまだ実家から独立もできないでいる、その日暮しで過ごす中年にまもなく手が届くような独身男であった。いったい三人に被害者の共通点はどこにあるのだ。

坦々と、地道に捜査を続ける田舎町の警察官たち。捜査のあとには行きつけの料理屋で、捜査活動と称し捜査費を使い同僚たちと喉を潤す姿。そんな刑事のひとりである坂森は、捜査の先でかって同期であり公安にいた八田が被害者の働くバーのマスターであることに気づく。マインドコントロールを武器としていたと言われる八田。彼は、ある事件で自分の手駒となっていた男の死によって警察を辞めたと噂で聞いていた。
いっぽうラザロの常連である秩父新報の記者麻美は、その若さに似合わず女性に対するテクニックの一遍でない梢路と肌を合わせながら、密かに梢路の過去を探る。そして驚くべき過去を知る。果たして犯人は誰か?その犯行理由は?

まず、この作品はミステリーでありながら決してすべての謎を解き明かしてくれるわけではない。そのことをよしとするか、はたまた物足りないとするか、そこのところで評価は分かれるだろう。事件の謎は、坂森という田舎の刑事に仮定として述べられるとどまる。確かに連続殺人事件の謎は語られるかもしれない、しかしそのほかに作品のなかで、静かに散りばめられた謎の幾つかはそのままにされる。それが奇妙な、静かな余韻を作品に残す。彼らはその後も、おそらくただ淡々と生活を続けていくのだろう。

最後の事件があまりにそれまでと趣きが違うとか、最後に<ピース>はどうなるのかとか、謎が放置されたままにされているのはやはりどこか釈然としないとか、そういう思いは確かにある。しかし、この大人の小説の余韻というか、雰囲気はどこか何者にも代えがたい魅力を覚える。

樋口有介はもはや「青春ハードボイルドの雄」ではないのかもしれない。この一冊は過去の樋口有介の姿に囚われることなく、新たな樋口有介の魅力を堪能するべき一冊なのかもしれない。
とても古臭いミステリー。しかし驚くべきその犯行理由を、静かな大人の筆致で描く作品。
評価は少し甘めであるが☆四つの価値はあり。久々に隠れた名作をオススメしたい。

蛇足:というわけで、最近樋口有介の魅力を知ったまみみさんにオススメです(笑)。
蛇足2:一般的には樋口有介は「青春ミステリー」作家と言われてます。