贄の夜会

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贄の夜会

「贄の夜会」香納諒一(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、サイコキラー、警察社会、刑事、ハードボイルド


「犯罪被害者家族の集い」で知り合ったふたりの女性が殺害された。被害者のひとりはハープ奏者木島喜久子、痛ましいことにその死体の両手は切断され持ち去られていた。ハープ奏者に及んだ犯行には計画性が感じさせるものがあるのに対し、もうひとりの被害者である平凡な主婦、目取真南美に対するそれはあたかも怒りがぶつけられたかのような、頭蓋骨を石段に何度も叩きつけられるという陰惨な殺害方法であった。
事件の捜査にあたることになった警視庁捜査一課強行班の刑事大河内、正式な役職ではないもののデカ長として捜査本部のまとめ役を任されている。そんな彼は二年前、とある事故で幼い娘を亡くし、そのことをきっかけとし妻と別れ、いまは独り身の心に傷を負う男であった。
普通のサラリーマンである、被害者である主婦の夫に署に来てもらい遺体の確認をしてもらった際、その男が指紋を残すことを嫌うかのようにハンカチで指を包みエレベータのボタンを押す姿が、大河内の眼に留まった。刑事の勘が大河内に告げる。あの男には何かある。果たして被害者の夫、目取間真を名乗る男は事件の翌日には自宅から姿を消した。そこに居たという痕跡を、指紋ひとつ残さず消していったのである。そしてまたその正体が謎であることも判明した。
いっぽう「犯罪被害者家族の会」のパネリストとして出席していた弁護士中条謙一が19年前、同級生の首を切り取り、自分たちが通う学校の校門に乗せた、当時、十四歳で中学二年生であった犯人であることに気づいた大河内たちは、今回の猟奇的な殺人事件に何らかの関わりがあるのではないかと思い捜査を開始しようとした。しかし事なかれ主義の上司、捜一係長である小林は、中条に他の弁護士とともにいたというアリバイがあることからも、慎重な行動を大河内に強いた。
並行して被害者の夫である目取真渉についても捜査を行なっていた大河内らであったが、公安部から物言いがついた。彼はうちの管轄だ。捜査の棚上げを要求される大河内ら。なぜ公安が?大河内は従兄弟であり幼いころより兄のように慕ってきたキャリアの道を進み、いまや公安部参事官となった中園隆介のもとに釈然としない思いで訪ねた。しかし中園は「忘れろ」と答えるのみだった。
そんな大河内のもとにひとりの女性から連絡があった。19年前の事件で中条に精神鑑定を行った、今は亡き筑波大学の心理学の教授、渡会惣一の弟子を名乗る田宮恵子という女性からであった。彼女は19年前の中条の犯罪には「透明な友人」と呼ばれる相手の存在があり、その人物が深く関わっていた。中条の精神は今もまだその人物の指揮下にあり、その束縛を離れられないではないか。大河内にそう告げるのであった。そんな莫迦なことが、信じられぬ思いを抱く大河内。
いっぽう目取真渉を名乗る男の正体は一流のスナイパーであり、アメリカの裏社会で知り合った古谷という男とコンビを組み、依頼された仕事をきっちりこなすプロフェッショナルであった。関西で仕事を行なう彼に対しパソコンのメール、そしてチャットを通じ近づこうとする「透明な友人」。目取間は、妻を殺した犯人「透明な友人」の正体をつきとめ、二年の結婚生活をともに送った妻、南美の仇をうつことを心に誓うのであった。
物語は、依頼された仕事を行なう目取真たちを陰謀が襲う。さらにそれは大河内の従兄弟中園に続く警察内部の汚職に結びつくものであった。そして「透明な友人」が、またもや中園を操る。幾つもの死体を乗り越え、大河内は、そして目取間は事件の真の犯人に辿り着くことはできるのだろうか。


580ページ二段組、とにかく長かった。レビューを含め二日に一冊を自分のペースとしたいと思っているのだが、この作品を読むことだけに五日間もかかってしまった。ひどい風邪をひき体調が悪く、睡眠優先という悪条件が重なったせいもあるのかもしれないが、実は途中で中だるみを感じてしまったというのもあった。途中から読みたいという気力がまったく湧かなくなってしまったのだ。19年前の猟奇殺人と、その犯人を操る謎の人物。正直に言えば、この作品は、テーマを絞るべきであった。そこを緻密に書き上げるべきであった。被害者の夫がプロのスナイパーであり、傷つきながら妻の復讐を誓うエピソード。そのふたりの幼い頃にあったと思われる沖縄という土地のエピソード。彼らが行なった殺害事件と結びつく警察内部の汚職の構図。幾つものエピソードが絡み、物語を膨らませ、それがゆえにこの作品を渾身の長編力作としたのは間違いない。しかし反面、本来の物語の中心にあったはずの猟奇殺人、サイコキラーといったテーマは完全にぼけてしまったような気がする。最後の活劇にいたってはまるでとってつけたような、どこかで見たことがあるような、ありがちな古臭いミステリー、もしくは古臭いハードボイルド小説のそれになってしまったようだ。なんとも尻つぼみ。
あらすじに費やした文字数に比べ、感想はとても簡潔なものになってしまうのだが、残念なことにこれは致し方がない。正直、この長編を最後まで読みきったということを、その自分を評価するに留める作品。
この作品は、ついこの間発表された「2007年度ミス大賞7位」を授賞した。そのことがぼくにはどうにも納得できない。いまさら、こんな小説を長々と読ませられてもなぁ・・というのが正直な感想。ありがちの刑事ドラマを、何もこれだけのページ数、文字数を費やさなくてもよかったのではないだろうか。あるいは、これだけのページ数、文字数を費やすなら、読者に読んだという実感を与えるだけの「物語」を書いて欲しいというべきか。
体調が悪くなければもう少し楽しめたのだろうか?この厚さ、この文字に期待をして読んだだけにちょっと残念な一冊であった。


追記:ネットで親しくさせていただいている「本を読む女 改訂版」のざれこさんが、本書を「うどんとご飯どころか、カツ丼とスパゲティとピザとステーキとラーメンとデザート、そんなんが一気にテーブルに並んでるような、「もうおなかいっぱいやで勘弁してえな」といいながらも美味しいからつい食べてしまって」と評していましたが、まさにこの作品を的確に表現しているかも。体調がよければ、ぼくも美味しく食べられたのかもしれません(笑)(2007.feb.20追記)


蛇足:香納諒一という作家、割と読んでいる作家のはずなのだが、自分のなかにその作家の個性が確立されていないことに気づく。決して、ハードボイルたミステリーだけの作家でないというおぼろげな記憶。