[海堂尊}螺鈿迷宮

螺鈿迷宮

螺鈿迷宮

螺鈿迷宮」海堂尊(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、ミステリー、医療


「チームバチスタ」「ナイチンゲールの沈黙」に続く海堂尊のロジカルモンスター、あるいはコードネーム「火喰い鳥」白鳥のシリーズ第三弾。今回は舞台を東城大学医学部付属病院から、同じ市内にあり東城大学病院とも因縁浅からぬ桜宮病院に舞台を移す。桜宮病院については前作「ナイチンゲールの沈黙」でも主人公である看護婦、浜田小夜が世話になっていた病院と触れられており、前作より伏線を張っておいての本作。もっとも最大の伏線は第一作よりその存在を匂わせておきながら、なかなかその姿を現さなかったニックネーム「氷姫」こと姫宮の登場である。厚生労働省に主席で入省、しかしお騒がせ上司白鳥からすれば、まだまだひよっこの彼女がいよいよ登場。どんな活躍をするか読者は自然、期待させられてしまう。


小学生の頃両親を交通事故で亡くし、その保険金と遺産をすり減らしながら留年を何度も繰り返し東城医大の落ちこぼれ医学生を続けている天馬大吉は、ある日幼馴染の新聞記者、別宮葉子から依頼を受けた。小学校時代からの付き合いである葉子は、外見は見目麗しい女性であるが、長いつきあいの天馬にすれば色々と用事を頼まれるたり便利に使われるだけの存在。新聞の記事の執筆も依頼されたりするわりに、真っ赤に校正されて没になるのだからたまらない。密かに天馬は、葉子を<血まみれヒイラギ>と呼んでいた。そんな彼女が厚生省の依頼による桜宮病院への秘密潜入取材を天馬に依頼してきた。医療ボランティアとしてして潜入して欲しい。
やなこった。
行きつけの雀荘に逃げた天馬は、麻雀でひとりの見慣れぬ気配を感じさせない不気味な男にこてんぱにやられ、百万円の借金を背負わされてしまった。しかしそれは天馬を桜宮病院へ潜入させるため策略のひとつであった。男の名前は結城。「メディカル・アソシエイツ」という病院買収関連の企業舎弟会社の社長であった。事務所には結城の娘茜と、葉子が待っていた。茜と結婚し、桜宮病院を調べていた部下、立花善次という男の行方が不明となったので探して欲しい。桜宮病院には保険の不正請求、脱税、暴力団へのクスリの横流し、いろいろな悪事のウワサがある。そこを立花は調べていた。しかしある日姿を消してしまったのだ。桜宮病院の桜宮巌雄院長は警察医として長年警察とつながりがあり、捜査願いを出してもぇ警察は思い腰を上げようとしてくれない。かくして<血まみれヒイラギ>の策略にのせられた天馬はその名前にあやかるようにラッキーボーイとしてのツキをも頼みにされ、桜宮病院に向かうことになった。
桜宮病院、それは天馬たちがこどもの頃から見慣れた巻貝のような建物を持つ病院。バベルの塔かでんでん虫かと論争を起したこともあった。しかし病院の隣に建つ東塔がセピア色に塗り替えられてからは「でんでん虫」が定着した。
同じ敷地には県境をはさみ、碧翠院というお寺を併設をしている。終末患者を扱う桜宮病院ではあるが、体調に応じ患者に院内業務を分担してもらい、その労働対価は院内で流通するポイントで支払うようにしている。基本的に延命治療を行なわない施設であるが、院内業務を割り当てることで患者のQOLは劇的に向上し、平均存命期間も延びたという。病院は院長の双子の娘の姉である小百合が副院長としてその実権を握り、対して併設されている碧翠院を妹のすみれが見ているという。
無事、桜宮病院に潜り込んだ天馬であるが、そこで出会ったのが大柄で動作のとろい姫宮という看護婦であった。彼女のおかげでなぜか次々と右手骨折、火傷、頭部損傷を負うことなる天馬。その名前から<ラッキー・ペガサス>などと呼ばれてしまうが、実は不幸を次々と呼び寄せる「アンラッキー・トルネード」の体質を持つ天馬と、ターミネーターのごとく次々と破壊を呼び天馬いわく<ミス・ドミノ倒し>とも呼びたい姫宮の親和性は高かったのだろうか。かくし、てただの医療ボランティアから、桜宮病院の入院患者としなった天馬が巻き込まれる事件とは。そして終末期の患者を扱う病院とはいえ、あまりに人が短期間に死にすぎる病院の謎。あるいは消えた立花は?


正直に言えば、本書は物語の大筋がよくわからなかった。東城病院との関係のなかでの桜宮病院の立場が明確な位置づけでの理解ができなかった。また桜宮病院と併設された碧翠院の関係も明確ではない。強いて言えば、バチスタ・スキャンダルで瀕死となりかけた東城病院の生き残りをかけた施策が、桜宮病院の存続の大きく関わるが故に、窮鼠猫を噛む、あるいは共倒れを狙い、桜宮病院が反撃をしかけたというところか?終末医療をテーマにしているらしいということは、なんとなくわかるのだが、いったい何を語りたい作品なのか、そのテーマが見えてこなかった。
ただ、相変わらずキャラクター作りはうまい。残念ながら「氷姫」姫宮が、期待していたのに、いくら読んでも人間が思い浮かんでこない欠点はあれど、ステレオタイプ、あるいはマンガのようなキャラクターとも言ってしまえるほどに、それぞれのキャラクターが強い。先に説明しておくが、あまりキャラが立っているとはいえない期待の姫宮は図体がでかくて、そのぶん自分の身体をうまく使いこなせないというか、所作は不器用、しかし入省してから白鳥の指示がない暇にあかせ司法試験に合格するなど、いわゆる勉強のできる、しかし気の利かないタイプらしい。「氷姫」の仇名は、本人の意識しない行動が思わせぶりで、そのおかげで彼女に対する失恋者を次々生み出したというのが由来らしい。しかし、本書を読んでも姫宮にそれほど魅力を感じないので、これはちょっと失敗か。対してニックネームの力はすごいと思わせる。先にあげた幾つかのニックネームもそうであるが、桜宮病院の実権を握る小百合の<レディー・リリー>はまぁ置くとしても、その妹すみれの<わがままバイオレット>は姉小百合に対し、まさに対照的に行動的な様子を一言で表す。あるいは桜宮院長の<銀獅子>、あるいは結城の<幽鬼>などニックネームひとつでキャラクターをいきいきと見せる部分はうまい。あるいは西遊記をなぞらえた、三婆さんの濃く強いキャラクターも悪くない。
しかし、ディティールのみを拘っても作品は生きてこない。ぼくが読み切れていないせいなのかもしれないが、本書が何を訴えたいのかがぼくには分からなかった。長年警察医を勤めてきた桜宮病院だから隠し通せた「闇」を悪しきものとして弾劾しようとする作品なのか、それとも反対に行政が切り落とそうとする終末医療に対する提言なのかがぼくにはわからなかった。終末医療に対する提言であるならば、敵は東城医大ではないだろう。
第一作「チームバチスタの栄光」で白鳥が語った「根幹より枝葉やディティールのほうが断然リアルで魅力的」という言葉は、この作品でもしっかりと生きている。キャラクターものの作品に過ぎないならば、決して失敗ではないのかもしれない。しかし、キャラクターにのみ、あるいはディティールのみに拘るような作品をぼくは高くは評価はしない。故に☆3つの、評価にとどめる。


以下ネタバレにつながるかもしれないことを幾つか。桜宮病院にまつわるわらべ歌「桜宮は花盛り、あおいすみれに白百合の花・・」はどうなのだろうか。誰が作りこどもに流布したのかという問題もあるが、一番の問題は順番が違う。また失踪した立花と天馬の関係を、運命のひとつと持ち出されてもちょっと興ざめ。それは言い過ぎ。プロローグの「アリグモ」に意味があったのか。最後に<ラッキー・ペガサス>の強運を語る部分も蛇足気味。天馬が軽度とはいえ麻薬中毒になるのを止められなかった官僚もいかがなものか。


厚生労働省の官僚、白鳥を絡めたこのシリーズ三作、個人的には、巷ではあまり評価の高くない「ナイチンゲールの沈黙」を唯一評価し、一勝二敗とする。本作も主人公である天馬が、おちこぼれ医大生からきちんと医学に向き合うという成長を描く最後については評価しないわけでないが、しかし、やはりまず物語を読ませて欲しかった。ディティールは大事だと思うが、それに拘ってばかりの作品はいけない。


蛇足:しかし期待していた「氷姫」姫宮は、どうにも「南海キャンディーズ」のしずちゃんの姿しか思い浮ばないのが困ったもんだ。本当は図体がでかく、不器用で「可愛い」はずなのだが・・。